グレーの夏色【ジョルブ】
空は夏の水色で、雲なんてしらないという顔で広がっている。ぼくはカフェの目立たない席に座って、机の上にあるパラソルの影に涼んでいる。オレンジジュースとピザなんていう、子供っぽいと言われたら首を縦にふるしかないような注文をして、一人でランチを取っていた。さっさと食事を摂らないと、シエスタの時間になってしまうだろうか。でもあつあつのピザは舌を火傷しないように食べなきゃいけないし、でもチーズは早く食べないとうまい具合に伸びてくれないし、そこは難しいところだった。暑い日差しのなかであろうと食べたいものを口に入れたいし、最近フルーツを取っていないな、という単純な理由でソーダじゃなくてオレンジジュースを飲む。ぼくの最近の食事はそんなものだった。最低限の食事を気にして、健康と睡眠を気にしてみる。これは任意であって義務じゃない。義務で取り組まなきゃいけないことは、これよりほかにたくさんある。
ピザの三枚目を取ろうとすると、いつのまにブチャラティが座っていた。隣に白いスーツの彼が見えて、「あなたも何か頼みますか」と尋ねるけれど、もう食べてきたのだろうか、いい、とだけそっけない返事が返ってくる。彼はぼくがピザを食べ、オレンジジュースのストローを齧りながら飲む姿を淡々と見つめていた。その視線が気になったけれど、べつに気にとめるほどのことではなかった。
「お昼、何食べたんですか」
「あそこの、昨日行ったとこのタコサラダ」
「もっとちゃんと食べてくださいよ、ぼくだって食べてるのに」
口を尖らせると、ブチャラティはおかしそうに笑った。真面目なことを言ったつもりなのに、子供だなあみたいな顔をされるのは気に食わなくて、なんなんですか、と彼のほっぺたをつねる。ブチャラティは笑ったままだ。お皿にはまだ一枚ピザが残っている。皿から目を離してもう一度彼をみて、ふとブチャラティのスーツにピザのトマトソースが付いてしまったことに気づく。
「すみません、タオル……あるかな」
ぼくはポケットからハンカチを取り出して、ブチャラティの肩口に付いてしまったトマトソースを拭く。スーツの汚れは上手くとれて、そこにソースなんてかかったことはないような白に戻っていた。
ぼくは残りのピザを食べようとする。ブチャラティがあまり食べていないことを思い出して、口元に持って行くけれど、黙って首を振られてしまう。ぼくは本当に心配なのに。背筋だってびくりと震えている。ただ、日差しが暑いから日陰にいるにしても、自分の周りだけ余計涼しい気がしてきた。オレンジジュースで身体が冷えたのかな。ピザを食べながら、空いた手で首やおでこに触れる。そういうわけでもない。今何度ですか、と聞こうとして、ぼくはブチャラティの胸辺り一面に広がる赤に気付いた。
赤?
「……あ、れ、ブチャラティ?」
「どうしたんだ。そんな、怖い顔して」
「ブチャラティ、その傷、なんですか」
周りの音が何も聞こえなくなる。人がいることがわかるのに、会話も街の雑音も死んでしまっている。ブチャラティの胸に触ると、トマトソースよりも暗くてどろどろとした赤いそれが指を濡らしていく。音は聞こえないのに、匂いが鼻に刺しこんでいくのがわかる。血液がぼくの嗅覚を埋め尽くしていた。指がブチャラティの肉と骨を通り抜けて、やぶれた心臓の布に触れていた。生の感覚が指を通して身体全体に電気みたいにぼくを襲って、叫び出しそうになる。喉が潰れてしまったように何も発せない。
ブチャラティはナイフのような鋭いひとみをぼくに向けている。でもそのナイフは丸みを帯びていて、きっとぼくを刺すことなんかできない。ぼくを責めようとしているのか、ちがう、ぼくが。彼に。
「俺はな」
「ぁ……っ……」
「お前を殺すことは出来ないんだ」
「……」
鋭かったひとみが白い球になり、ブチャラティは目を閉じた。そのひとみに光が宿っているのか、恨みや憎しみや悲しみが宿っているのか、ぼくにはもうわからない。
「死んじまったからなあ」
「……ぁ、お、ぼくは、なにも……してない」
「ああ、ジョルノは、なにもしてないよ、お前は悪くないよ」
嘘だ。ぼくはブチャラティの身体の中から手を抜く。ぼくが投げかけて欲しいと一度でも思ってしまったことを吐き出す、ブチャラティの形をした肉の塊を、この夢から抜け出すために。空の色は灰色になって死んでいた。周りの人も、街も、森も、草も花も死んでいる。走って走って夢から覚める崖へつく。そうして飛び込んだ。黒い黒い墨の奥に放り出される身体を想像しながら目を瞑り、あと現実でもう少し眠って、すべて忘れて起きてしまえればいいのに、そうしてくれと思いながら意識を飛ばして行った。