ジャンル:HOSPITAL.6人の医師 お題:遅すぎたユートピア 制限時間:1時間 読者:378 人 文字数:3528字 お気に入り:0人

埋め合わせ









「……なぁ」
「……」
「おい、お前聞いてんのかよ?」
「……」
「返事くらいしろよ…つーか、せめて何か言えっての!」
「…一体、何だというんだ。何度も呼ばなくても聞こえている」
話しかけるな、とでも言わんばかりに鬱陶しそうに返されて、ぐっと言葉に詰まる。

二人だけで休日を丸ごと過ごす、って、普通に聞けば随分と甘ったるい話だよなぁ、と思う。実際アタシも馬鹿みたいに浮かれてた。
……コイツに会うまでは。正しくは、腰掛けた格好で分厚い書籍を読んでるコイツを見るまでは。
アタシが来てから、まだ本を読んでる以外のエルハルトの姿をアタシは見てない。
「……何読んでるってんだよ」
「先ほど言っただろう。次の術式に必要な本だ」
義務的すぎるくらいに即答されるのがむかつく。隣のすぐ近くに座ってみる。何も言わない。

アタシもコイツも、基本は仕事人間だ。一番は患者で、それ以外のことは二の次で。
けど、だからって、……こんなの納得いかねぇ。
……ったく、ふざけてんのかよ…二人一緒に休暇が重なるなんて、一体何日ぶりだと思ってんだ!
医者って職が一緒でも、外科医と救命医じゃ忙しさの種類も、流れも違う。どれだけ一緒に過ごせる日をアタシが待ってたのか、こいつはわかっちゃいないんだ。
貴重すぎるくらいの一日は、いつの間にか半分以上も過ぎていた。無情に進んでいく時間が、どんどんアタシを焦らせて止まらない。とにかく、何か、……こいつの気を引けるようなこと、言わねえと。
「なぁ、お前さ……何かアタシにして欲しいこととか、そういうのねぇのかよ?」
「……して欲しいこと?」
「あぁ、折角の休日なんだしよ。……何かあるだろ、一つぐらい」
「……これと言って、思い至るようなものはないな」
「んだよ、つれねぇな……。とりあえず言ってみろよ、何でもいいんだぜ?」
「……そうか。なら、少しの間口を閉じていてくれないか。集中が阻害される」
「….は、はぁっ!?」
普段通りの調子で返された言葉は、その内容だけでもアタシを愕然とさせるには十分すぎるくらいだった。
怒りがぶわっと込み上げて、言いたいことも一気に喉元までのぼってくる。今すぐに怒鳴りつけてもおかしくないくらいだった。
……けど、言えなかった。
口を開きかけて、息を吐いて、頭を落ち着かせる。
…わかってんだ。幼稚すぎる我儘だってことくらい。欲張り過ぎなんだってことも、ちゃんと。

コイツが冷凍監獄の囚人だった頃は、少しでも一緒にいられる時間があればそれでよかった。けどコイツが刑期を終わらせて戻ってきて、いきなり時間が増えて、できることも増えて。だから、隣にいるだけじゃどんどん足りなくなっちまって、……それで、これだ。

気付いてくれるかもしれないとか期待して、こっそり恋人繋ぎをしてみる。結構恥ずかしい思いをしてやったことだったのに、…まあ、駄目だった。
……寂しくなんかねぇ、……手術する時以外は、鉄格子挟んで話してた時と比べたら、屁でもねぇ。
そう言い聞かせても、胸の痛みは増していく一方だ。
ちらり、と隣にいる薄情男の姿を盗み見すれば、綺麗な顔は食い入るみたいに本を見つめて、赤い視線は一心不乱に次の行を追いかけて、アタシのことなんか見ちゃいない。
エルハルトの意識は、びっしり印刷されたその文字に全部吸い込まれてるんだってわかった。アタシが隣にいようがいまいが、多分今のコイツには関係ないんだろう。
恋人なのに存在は意識の外って、虚しすぎんだろアタシ。
……馬鹿野郎。
考えてたら何でか泣きそうになって、涙を抑え込むみたいなつもりで目を閉じる。規則的なスピードで紙がめくれる音と、時計の針がこちこち進む音に耳を傾けていると、昨日までの忙しさで疲れてた体が急に眠気を訴えてきた。けど起きてる理由もない気がして、肩の力を抜く。
小さな音と、片手だけ繋げたところの体温が、まるで子守唄みたいにアタシの意識を包んでいくのを感じた。








薄い紙を指の腹で捲り、その下にあるものが裏表紙であることを確認して、ゆっくりと本の背表紙を閉じる。目が乾いているかのような痛みと共に眩しさに襲われ、その時初めて、窓から差し込む光が橙に染まっていることに気が付いた。
……集中しすぎていたか。
本の世界から意識を外したその瞬間に、視覚以外の感覚神経は周りから刺激を受け取る。最初に感じたのは、首にかかる髪の感触だった。
「マリア」
肩へ心地良く重みをかけてくる、隣の存在へ声をかけた。しかし、彼女からの返答はない。聞こえるのは、穏やかな呼吸音だけだ。
「……マリア?」
怪訝に感じ、顔を覗き込む。久しぶりに見たような錯覚すらある、その顔。そこに、普段通りの翠の色彩は存在していなかった。瞼は伏せられ、肩にもたれたまま規則正しい呼吸に合わせて胸が上下している。
……眠ってしまったのか。
このままでは体を冷やしてしまうかもしれない。姿勢にも、少し無理がある。寝室へ運ばなければならないだろう。それから寝かせて、毛布を……。
考えながら立ち上がろうとした時、腕が下から引っ張られるような妙な感覚があった。
不思議に思い目をやれば、……俺の掌とマリアの手が繋がっていた。普通の繋ぎ方じゃない。俺の五本の指の隙間全てに入り込み、根元まで手を絡ませ合ったかのような握り方で。
意識はないというのに、その手には強く力が込められて、離れたくないという意思を俺に告げているようだった。
「……マリア」
その場から動けなくなる。自由な方の手を伸ばし、オレンジに照らされる頬へ触れた。
彼女へ言ってしまった、冷酷とも形容できるあの言葉を思い出し、胸の中へじわりと罪悪感がにじむ。数時間前に戻りたい、という後悔に駆られた。本に意識を集中させすぎていて、俺は、マリアの言葉に耳を傾けることすらしていなかった。
……時折、何故彼女が、俺の隣にいてくれるのかがわからなくなる。
俺はマリアを愛しているし、マリアも俺を想ってくれている。だからこそ恋人の間柄となった。しかし俺は、彼女を傷付けてばかりだ。
「ん……」
寝顔を見つめながら思考に耽っていれば、閉じられた瞼が僅かに震えた。そのまま時間をかけて大きな瞳が開かれ、彼女の覚醒を俺へ告げてくる。
「……終わったのかよ?」
「あぁ……」
「……遅ぇんだよ、バーカ」
「…すまない、…待たせてしまった」
謝罪の言葉は、しかし逆効果だったらしい。マリアが刺すような視線でもって俺を睨みつける。エメラルドの瞳にオレンジの光が溶けて、吊りあがり気味の目付きは普段よりも鋭さを増していた。
「大体な、……お前はいっつもそうだ! 牢屋から帰ってくんのも遅ぇし、落ち込んで立ち直るのだって時間掛け過ぎなんだよ。早いのはオペの腕だけかっつーの!」
……返す言葉もない。全て正論だ。否定も反論も、しようがない。
「…すまなかった」
「うるせぇな。謝って許してもらえるとでも思ってんのかよ」
「そうは思っていない。だが、……埋め合わせはさせてくれないか」
「はぁ……?」
「……俺に、何か…して欲しいことがあるなら、言ってくれ」
気休めだとわかっていながらも、口にせずにはいられなかった。
時間は不可逆だ。戻すことはできない。しかし、取り戻すことはできるだろうと、そう考えての言葉だ。
「……だったら! 目閉じて、歯食い縛りやがれ」
「……わかった。お前の気が済むまで殴れ」
大方、彼女の怒りを体で引き受けることになることは予想が付いていた。それでマリアの怒りが和らぐのであれば、とも。
指示された通りに目を閉じ、歯を硬く閉める。絡んでいた手が離れて、その手ごとマリアの体が動いた。体重をかけるように胸が押され、床へと倒れこむ。背部に走った鈍い痛みと共に、マリアが大きく拳を振りかぶるヴィジョンが瞼の裏に見えた。
反射的に瞼に力を込めた、その瞬間に、唇に覚えのある感触が触れる。
「……!」
痛みと衝撃を強く覚悟していただけに、与えられたその刺激に思わず背中が強張った。開いた視界を、オレンジの逆光が刺す。
「……マリア…?」
「…埋め合わせって言うんだったら、今日の残った時間はアタシに付き合ってもらうぜ?」
「…それは、構わないが……それでいいのか?」
「良くねぇよ。だからその分埋め合わせるんだろ。……冷蔵庫、確か空だろ? 買い物行かねえと飯作れねえしな」
よっと、と声を出して、マリアが俺の体から退いた。手が差し伸べられる。
「ほら、さっさと行くぜ。飯作るのも手伝ってもらうからな?」

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