ジャンル:HOSPITAL.6人の医師 お題:不思議な魔物 制限時間:1時間 読者:396 人 文字数:1151字 お気に入り:0人

すぐに消えるような大切な約束

「はあぁ~っ……なぁなぁ見ろよ、あの空」
マリアが、あくび交じりの声で廊下の窓の外を指す。
朝から予定されていたオペも無事終わり、独房へと戻る道すがら
彼は、突然の事に何事かと彼女の示す方へ視線を移す。だが
「空以外……何も見えないが?」
目いっぱいに映るのは、夏の巨大で壮大な白雲が浮かんだ、抜けるような青空だけ。
鳥も凧もヘリも飛行機もポンティアナの首もUFOすら飛んではいない。
そんな不審げに空を見回す彼の背をパンと叩いて、マリアも顎を持ち上げて空を仰ぎ見た。
「そうそう、空だよ。こーんなに良い天気なのに、なんでお前はつまんねぇ仕事してんだって空が誘ってるわけよ。
あ~~バイクでバクスターブルバァードかっ飛ばして、ビーチで冷えたビールを楽しみたいぜ!
ああっ!この浮かれ気分は、まさに夏の魔物ってヤツだな!
そんで、日暮れになったら日陰から出てさ、夜まで浜辺で音楽ガンガンかけて……お前も思うだろ?こんな日くらい、囚人サボりたいってな」
廊下のど真ん中で、サボりだのなんだの大声で騒ぐ彼女を、病院スタッフや患者がジロジロ眺めては去っていく。
そんな中でも彼の声は、相変わらず静かなものだった。
「いや、俺は……わからない」
「んだよ、相変わらずのネクラ野郎だな。こんな時はウソでも笑って"そうだな"ぐらい言えって」
「ねっ、根暗!? は……ははは……そ、そうだな」
「はぁ。お前に期待したアタシがバカだったわ」
まるで機械のようにガチガチの笑い声と返事に、呆れ顔のマリアは大げさに肩をすくめて再び歩み出した。
その背中へ、慌てて彼が声を投げる。
「……すまない。ただ俺は、酒を飲んだこともバイクに乗ったこと、ビーチで音楽をかけたこともない。
だから、それが、どういう気分なのかわからなかったんだ」
マリアの足が止まる。振り返った彼女は、ふっと赤い唇を緩めていた。
先程よりも、もの柔らかに彼を見つめる。
「ったく、それなら仕方ねぇな。言っとくけど、どれもすっげー楽しいんだぜ。
なんなら、屋上のヘリ使って、今から囚人サボって海岸でも行くか?絶対最っ高の気分になれるぜ!」
「脱獄はもう懲りた」
表情すら変えず、彼は首を振る。
「ははっ!んだな。脱獄なんてしなくても、天才のお前が本気出したら刑期なんてチョイチョイで終了だしな。
この調子だと、来年あたりにはもう自由の身ってとこか?」
「いや、単純計算でもさすがに来年は「――ハイハイ」
真面目腐った返答を強引に遮って、マリアは自分の言葉を続けた。
「だからさ、来年海に行こうぜ。アタシのバイクの後ろに乗せてやるからよ」
「ああ、行こう」

「チョイチョイで刑期終了させて……だな」
最後の言葉は、彼にしては珍しく、僅かながら声が弾んでいた。

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