ジャンル:うたわれるもの お題:輝く絵描き 制限時間:2時間 読者:1048 人 文字数:2468字 お気に入り:0人

とある一日

「ユズハも……描いてみたいです」
 別れ際に呟いたユズハの一言が、ハクオロの心に引っ掛かる。
 時は、ユズハとカミュとアルルゥ達が絵本を読んでいた時に遡る。誰が描いたのか、絵本に描かれていた挿絵があまりにも下手であり、これなら自分にも描けるよというカミュの言葉が事の発端である。それに対してアルルゥも自分も描けると言い出し、試しに描いてみようという会話になった。
 しかし、ユズハは幼い頃に視力を失っている。それはカミュもアルルゥも承知している事などだが、その時の勢いというのは恐ろしいもので、気が付けば二人で盛り上がってしまっていた。後から入ってきたハクオロによって落ち着きを散り戻し、二人はユズハに謝罪したのだが、それ以降の三人の雰囲気は普段の和やかさとは異としている。
 当人達の間で解決するべきなのだろうが、とハクオロは小さく息を吐いた。書斎から見える夕日を一瞥し、最後の仕事に着手する。
「後は、と。此処に積んである書簡に判を押せば良いんだよな? ベナウィ」
 はい、とベナウィは肯定し、ハクオロの隣に書簡を――無慈悲なまでの書簡の山を置いていく。
「これが、本日最後の御政務に御座います」
「……相変わらずの量だが。本当に――」
「本日中にお願い致します」
 断言したベナウィに盛大な溜め息を浴びせながら、ハクオロは書簡を机に広げた。朱肉に御璽を押し当てつつ内容に目を通し、所定の位置にしっかりと押していく。



 一気に日も暮れ、発光石の明かりが必要になった頃。これで最後だな、とベナウィに念を押しつつ、ハクオロは最後の書簡に御璽を押し当てた。お疲れ様で御座います、という臣下の言葉に手を振って応えつつ背伸びをし、まじまじと書簡を見つめる。
「いつも思うんだが。この御璽の精巧さには驚くな。この繊細さといい……同じ物は作れないだろうな」
「偽造されては困ります」
 全くだ、と笑いながら、ハクオロは御璽の裏と書簡を見比べる。
「やっぱりというか、細かくて良く見えんなぁ……だが、判は綺麗に文字が映っている。ここまで来ると、まるで絵のような――」
 そうか。と目を細め、ハクオロは顎に手を当てた。
「版、か」
 そう難しくもないかもな、とハクオロは呟いた。隣で首を傾げるベナウィに気付くことなく立ち上がり、後は頼んだと言い残し書斎を去った。




 ちょっと良いか、と言いつつ、ハクオロはユズハの部屋を覗いた。部屋にはユズハ一人で、彼女がいる寝台の上には木彫りの人形と小刀が置かれていた。
「一人、か」
 はい……。と、ユズハは返事をしつつ――片付けるつもりだったのだろう――道具箱から手を離し、お辞儀をした。いつも通りの彼女の丁寧さに苦く笑いながら、ハクオロはユズハの側に座った。
「完成したのか?」
「はい……。さっき……終わったところです」
 そっと差し出された人形を受け取り、ハクオロはその完成具合に唸る。
「相変わらず、凄い出来だな……この耳の形といい、髪飾りといい。これは、アルルゥだろ?」
「はい……。この前は、カミュちゃんに……昨日は、アルちゃんにお顔を触らせてもらって……」
「カミュのも、今度見てみたいものだ」
 ぽっと顔を赤らめたユズハの頭を、ハクオロはしっかりと……しかし柔らかく撫でる。ひとしきり撫でた後、そうだ、と言って持ってきた一枚の木版を手に取った。
「ユズハに一つお願い――じゃないか、提案があるんだが」
「……?」
 首を傾げるユズハの手を、ハクオロは手に取った。綺麗な木目の上にそっと指を置き、ゆっくりと手を動かしていく。
「この切れ込み……分かるか?」
「お花…………」
 そうだ。とハクオロは笑う。
「ここを掘っていけば、花の絵が描ける」
「絵……」
 困ったように眉を下げるユズハに、ハクオロもやや目を伏せる。
「……すまん。ユズハには、見せてやることができない」
 ハクオロはユズハの手をそっと握る。
「だが。ユズハは、絵を描く事ができる。それを知って欲しかったんだ。皆が描く方法とはちょっと違うが……」
 吐息が掛かる手に力が入る。組んだ指が震える。冷え冷えとしてきた空気がひしひしと肌で感じられる中、ハクオロは息を吸い、次の言葉を吐こうと口を開く。
 が、それはユズハの静かな一言で遮られる。
「……描きたいです」
 目を丸くしたハクオロの目を、ユズハは見つめる。その目は発光石の光に照らされ、より一層美しく輝く。
「描きたいです。お花の絵……」
 小さく、しかしはっきりとしたユズハの回答に、ハクオロは頷いた。手元の作業を再開させ、微笑する。
「今宵は少し夜更かしするが、良いか?」
 絵描きの答えは、木と指が擦れる音に重なった。



 翌日。ハクオロとユズハはカミュとアルルゥをユズハの部屋へ呼び出した。互いに微笑みあう二人にカミュとアルルゥは訝しみ、やがてカミュが不満そうに口を開いた。
「おじ様……気持ち悪い」
「き、気持ち悪いって――……はっきり言わないでくれ。あ、アルルゥも」
 気持ち悪い、と口を尖らせるアルルゥの言葉を遮るように咳払をしながら、ハクオロはユズハの肩をぽんと叩いた。同時に、ユズハは一枚の紙を取り出した。
「カミュちゃんと、アルちゃんに……見てもらくて……」
 しばしの間、恥ずかしそうに身体を揺らしていたユズハだったが。ハクオロに促されて、そっとソレを差し出した。何だろう、とカミュとアルルゥはそれを覗き込み、感嘆の声を上げた。
「すっごーい! これって、姉妹草の絵だよね? も、もしかして――」
 カミュの驚きに、ユズハは照れた様子で頷いた。
「描いてみたの……」
「え?! どうやって?!」
 カミュの問いに、ユズハは一枚の木版――昨日、ハクオロと掘った判を二人へ見せた。カミュとアルルゥは一瞬目を丸くしたが、満面の笑みでユズハの手を握った。
「すっごーい! ユズっち、頭いい!」
 頭いい、と褒める二人にユズハは笑って返した。
 

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