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それは絵描きにとってのピアノのように

「ねえユウリ、まだなの?」

ヴィクトルから5度目くらいの泣き言が飛ぶ。僕が机に向かってまだ10分も経っていないのに。
時計を見上げると22:30。もうそろそろ書き終えてベッドに入らなくてはならない。
すっと背の高い影が差すのを察してノートをパタンと閉じた。

「なんで隠すの」
「隠してないよ」
「でも今俺が見ようとしたら、ユウリ、閉じたじゃないか」
「そりゃあ、プライベートものだもの」
「俺はユウリにとってプライベートな存在じゃないの…」

いやそう言う問題じゃないよ、ヴィクトル。と思ったけれど何も言わずに笑う。
ヴィクトルは拗ねるとどこまでも難癖をつけてきちゃうところがある。以前はまともに言い負かそうと口喧嘩したこともあったけど、彼が望んでいるのは納得とかそういうことではなく、僕が早く彼の隣で寝そべることだから、これくらいにしておく。

「この日記帳をくれたの、ヴィクトルでしょ」

少し古ぼかしたデザインの分厚いノートをヴィクトルの目の前で揺らして見せる。あーあ、まだまだ唇が突き出してる。

「1日の終わりに自分の考えをまとめてみるように、って言ったよね?」
「考えなら見せてくれたっていいだろ?」
「だーめ」

寝室の柔らかい光がヴィクトルの目に当たって虹彩が不思議な色合いを見せている。シャボン玉みたいだ。
僕の頭はもう話半分で、彼の目とか前髪とかの揺らめきを観察していた。

「これはスケートノートとは違うから」

思わず前髪を左に寄せて光がどんな風に映るか見ようとしたところ、パシッと長い腕に捕らえられた。

「前より、ずっと自分の思ってることが見えそうなんだ。これまでは、スケートで表現することしか知らなかったのに」

ヴィクトルはちょっと不機嫌だったけど、僕の言葉を聞くと、少し得意げに鼻を鳴らした。

「でしょ?」

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