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故郷

夏の匂いというべきなのだろうか、それとも、東京の匂いなのだろうか? それか、私にしか感じられない匂いなのだろうか?
さあ? 少なくとも、京都に住むみんなにはわかってもらえない。もちろん、メリーにだって。
この、八月も半ばも過ぎると感じられるこの匂いは。

夏の暑さと湿気が入り交じった何かが私の口の中と肺と体全部を埋め尽くしていく。ひび割れたコンクリートの道を、じりじりと音をたてる昔ながらの街灯が照らし出している。まともに点灯している街灯はだいたい三割くらいで、五割は光が弱くなっていたり付いたり消えたりしている。残りの一割は消えたままだ。
私が物心ついた頃からずっとこの調子だ。私が大学生になった今でも同じ比率だ。たぶん、東京っていう街がある限りは、この比率が変わることはないのだろう。まともに付く街灯は三割だけ。きっちり一割の電灯は壊れたまま。
防犯カメラとドローンが完璧に安全を担保してくれているこの街の電灯は、丁寧に丁寧に、きめ細かな心配りで壊れ続けている。

なぜって? そんなのは決まってる。
東京ってのはそんな街だから。荒れ果てたコンクリート。奇抜な格好に身を包んだかぶき者。見捨てられたかつての首都。
それが東京のアイデンティティだから。こんな街に住むのは、見捨てられた街を好む変わり者だけだ。例えば、私の両親とか。

特にやることはなくて――メリーにこんなことを言うとお説教されるけれど――実家に帰ると本当にやることが思いつかない。
私はやることがないのでぶらぶらと歩いていた。
資格をとろうとか、将来を考えようとか、後期の単位を取らないと進級が危ないから準備しようってのは「やるべきこと」には入らないし。
京都ならやるべきことはいくらでも思いつく、そうでもなければ実家を離れて京都の大学を選んだりはしないだろう。
いくら荒れ果てても、大学ってものだけはやっぱり東京に集まっている。大学ってのはそんなものだから。

本当にやることがないからずっと歩いていた。やることがあるならタクシーを拾っている。自動運転が格安で効率的に運んでくれる。
ああ、本当に暑い。暑いけれど、日に日に夜が長くなっていると感じられる。夏至なんて今は昔。それが夏だ。

向こうにカクテル光線の光が見えた――野球場の光。ペンギンにしか見えない燕がいるのかな。永遠に弱い我らが故郷のチームが。
目の前にけばけばしい黄色の看板が見えた。不健康を絵に描いた食物、背脂ギトギトが売りのラーメン屋の看板だ。
なんとなくで私は食券を買った。年代物のプラスチック板が落ちて来た。
私は店員さんに食券を渡し、立ち食いのカウンターの前に立つ。化学調味料どっさりのラーメンが運ばれてくる。

本当に、何もかも、何もかも、時代錯誤で。それが東京だ。悪癖と退廃を絵に描いたような街だ。
背脂ギトギトのラーメンを食べると胃が持たれそうになった。
こんな不健康さえも計算された街。
汗をかきながらラーメンを食べる。ほんと、嫌な街。夏の匂いが私を埋め尽くす。
ああどうしようもなく懐かしい。ここは私の産まれた街。

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