ジャンル:進撃の巨人 お題:限りなく透明に近い嘘 制限時間:4時間 読者:59 人 文字数:3635字 お気に入り:0人
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透明な嘘【ネタバレ】

ご注意下さい!冒頭から盛大に95、98話のネタバレです('17,10,10現在)。本誌未
読の方は、何卒ご注意下さいますよう、お願い致します。ジークとイェーガー家(マー
レ側)の話です。暗い上に後味が悪い内容で、有り得ない捏造設定を含みます。



 病院の窓ガラスを通り抜けた斜陽は、トパーズ色の光の粒子に姿を変えて、廊下で
乱反射していた。押し潰された心を表すような叫び声が、廊下の先からジークの耳に
届いた。


 始祖奪還作戦の前年、ジークの祖父は、自宅で唐突に叫び声を上げた。祖母が必死
に呼びかけても、叫び声は止まらなかった。降って湧いたような事態を、ジークは
ただ傍観するしかなかった。思考と感情の歯車が、噛み合わなかった。
 背を丸めてしゃがみ込んだ状態で、祖父は自分の頬を掻きむしった。まるで、両頬
の肉の全てを、顔からむしり取ろうとするかのように。ジークは、慌てて祖父の両手
首を掴んだ。とにかく落ち着かせようと、痩せた祖父の背中をかき抱いた。
 ジークの両腕の中、祖父は自由になった右手で、左腕の腕章を引き千切った。それ
は、赤い名誉マーレ人の腕章だった。収容区内のエルディア人が付けている黄色の腕
章とは違う、選ばれた戦士とその家族だけが付ける事を許された赤い腕章。
 床に落ちた祖父の腕章が、滲んで見えた。ジークは、泣きながら祖父の背中をさす
る祖母の姿を見て、自分も泣いていたのだと気が付いた。
 翌日、祖母と一緒に祖父を病院へ連れて行ったが、そのまま入院となり今日に至っ
ていた。


 祖父がいる病室の扉の前に立つ度に、左手首の火傷痕を右手で押さえるのがジーク
の癖となっていた。イェーガー家を不幸にしたのは祖父ではない。親父があんな真似
をしなければ、我が子を殺された祖父の心は、更に押し潰されたりしなかった。
 グリシャの姿が脳裏をかすめる時は、同時に怒りも湧き上がる。その度に、ジーク
は力ずくで己の中の怒りを抑え込んでいた。
 軽く深呼吸してから、扉をノックする。病室内から「どうぞ」と返答したのは、祖
父ではなく女性看護師だった。中へ入ると、ベッドで起き上がっていた祖父は、酷く
驚いた顔でジークの顔を凝視していた。
 戦地から帰還したのは数日前だ。数カ月振りに見舞いに来たから、驚いているのだ
ろう。ジークはそう思い込んでいた。
「じいちゃん、来れなくてごめ―――」
「グリシャ?」
 ジークの笑顔をひきつらせたのは、彼が最も聞きたくない名前だった。祖父はベッ
ド上で座り直すと、名誉マーレ人の腕章を付けたジークの左腕を掴んだ。眉根を寄
せ、両目に涙を滲ませて、ジークを見上げた。
「グリシャ、無事だったのか。あぁ良かった。巨人にならずに済んだんだな?お前、
どうやって家まで戻れた?ダイナは?一緒じゃないのか?私と母さんが・・・ジーク
がどんなに心配したと思って―――」
「じいちゃん、俺だよ。ここは病院で―――」
 言い終わるより先に、看護師がジークの左上腕に手を添えて囁いた。
「話を合わせてあげて下さい。混乱してしまいますから」
「でも・・・俺は、違います。親父じゃない。じいちゃんに嘘を言ってまで・・・」
「今のイェーガーさんには、嘘が必要なんです」
 看護師は、目尻にプロ意識を湛えつつも、口許には優しさげな笑みを浮かべていた。
家族や恋人同士が向けあうのとは違う、独特の笑顔だ。
 自分もこんな顔をすれば、器用に嘘がつけるのだろうか。ジークは看護師と同じ表
情を作ろうとしたが、無理だった。結局、祖父へ向けた顔を俯かせて、絞り出すよう
な声でグリシャのフリをするしかなかった。
「とう・・さん。心配させて、ごめん・・・」
「グリシャ、すまない。私が・・・私が全て悪かったんだ。家族が不幸になったの
は、私の所為なんだ・・・。厳しくしなければ、お前達を守れないと・・・。すまな
かった・・・」
 祖父はジークの腕を掴んだまま、うな垂れた。「すまない」と鸚鵡(オウム)のように
繰り返しながら、嗚咽を漏らした。ジークは、黙って祖父の背中をさすり続けた。


「お待たせしました」
 病院の前庭に置かれたベンチに座る小柄な男に、ジークは控えめに声をかけた。
 マーレ軍の制服を着た三十代後半のその男は、一人で文庫本を読んでいた。士官の
階級章を付け、左腕に腕章は無い。年齢とは不釣り合いな程の丸い童顔に、丸鼻と小
さな両目。かけている眼鏡も丸い。制服を着ていなければ、喜劇俳優に見えてしまう
だろう。
 本から顔を上げた男は、「待ってないよ」と不思議そうな表情でジークを見た。
「もう、いいの?おじいさんに会いに来るの、数カ月振りじゃない?」
 ジークは両手を後ろで組んだまま、苦笑を零した。
「俺を親父だと思ってるんです。話を合わせようとしたんですが、無理でした。俺に、
親父の真似は出来ません」
「そうか・・・。お前、父親似だもんな。おじいさん、過去と現在がごちゃ混ぜに
なってるのかな・・・」
「担当医から、名誉マーレ人になる前の腕章と白衣を持って来てくれと、頼まれまし
た」
「なんで?」
「担当医の白衣を着せたら、本人の精神状態が落ち着いたそうです。区の診療医だっ
た頃に、記憶が逆流してるのかもしれません」
「それで良くなってるなら、結果オーライだよ。悪くなるよりマシさ―――行こう
か?」
 男は文庫本をアタッシュケース(書類鞄)に仕舞うと、ベンチから立ち上がり、病院
の出入り口に向かった。ジークはその数歩後ろに続き、病院を出た所で男の背中に
声をかけた。
「本部に戻る前に、付き合わせて済みません」
「他の戦士に用があったついでだから、いいよ。おじいさんの具合も気になったしさ。
症状が改善すれば、外出も許可されるんだろ?」
「はい。良くなれば、数時間の外出は許可出来るかもしれないと言われました。祖母
が同行するという条件付きですが」
「そうか。良くなるといいね」
「マガト隊長と貴方だけですよ、エルディア人を差別しないのは。俺の投擲の成績が
良かったのは、貴方がキャッチボールを教えてくれたからですし。貴方は、良い方で
す」
 前を歩く男が唐突に黙ってしまい、ジークは怪訝な顔で彼の背中を見つめた。トパ
ーズ色をした夕日が、幕を下ろすように狭い空から収容区に降り注いでいた。男の小
柄な後ろ姿を透かして見せる夕日が、制服の色味を歪ませた。
「グロスさん?どうかしましたか?」
 グロスと呼ばれた男は、ジークに背中を向けたまま歩き続けた。
「俺は・・・お前達が思うような、良い人じゃないよ。どうしようもない大噓つきだ」
 グロスは僅かに歩みを早めた。ジークの歩幅も自然に伸びる。
 収容区の正門が見えかけた時、不意にグロスが歩を止めてジークに振り返った。「ち
ょっと支えてくれ」と、持っていたアタッシュケース(書類鞄)を横にしてジークに軽
く突き出した。ジークがケースの両脇を支えると、グロスはパチンと蝶番を外した。
開いたアタッシュケースの中からグロスが取り出したのは、彼の予備の眼鏡だった。
アタッシュケースを閉じてジークの手から離して持ち直すと、その眼鏡を「やるよ」
と差し出した。
「―――え?」
 事態が飲み込めないジークは、顔に疑問符を浮かべるばかりだ。グロスは、眼鏡で
ジークの制服の胸元をポンポンと軽く叩いた。ワケが分からないまま、ジークは眼鏡
を受け取った。それは、ジークが戦士隊に入隊した幼い頃に、グロスがかけていた物
だった。特徴的なデザインなので、ジークはよく憶えていた。
「それ、伊達眼鏡なんだよ。予備は他にもあるから、遠慮せず使え」
「え?ちょっと待って下さい。グロスさんの眼鏡って、伊達なんですか?」
「俺はお前と逆で、母親に瓜二つだろ?童顔の印象を変えたくてさ。死んだ兄貴が
かけてたのも伊達だった。それはデザインが変わってるから、かければ顔の印象が大
分変わる筈だよ。サイズは、眼鏡屋で調整して貰え。後はそうだな・・・髭でも伸ば
せば、親父さんに間違えられる事もないだろ」
 再び背を向けて先を歩き出したグロスを、ジークが小走りに追いかけた。
「有難うございます、グロスさん」
「おじいさんが病気になったのは、島の奪還作戦の所為でも、お前が『獣の巨人』を
継承したからでもない。お前まで、自分で自分を責めるような真似はするなよ」
「はい」
 譲られた眼鏡をかけるジークの横顔は、大人の世界に片足を踏み込んだばかりのよ
うな幼さを残していた。グロスはジークのその横顔から視線を逸らすようにして、収
容区の正門へと歩を早めた。


                                    終
 拙作にお付き合い頂き有難うございました。'17,10,10

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