ジャンル:テイルズオブジアビス お題:希望の海辺 制限時間:1時間 読者:41 人 文字数:2819字 お気に入り:0人

自由の象徴(ルークとジェイド)



 ファブレ公爵家は、王宮に近い高い位置にある。庭園の際に立つと、遠く遥か見下ろす位置に微かに海が見える。そこに立って遠くを見つめていると、背後で人の気配がした。
 軍人もこの男ほど極めると、気配を消すなど容易いことらしい。気を抜いているときに、突然背後から話しかけられたり肩を叩かれたりして、反応を面白がられたことが旅の間に何度もあった。その気になればまったく消すことのできる気配を消さずに近付いてくるようだから、何か悪戯をしかけられるわけではないようだ。
「昔さ、」
 確認せずとも分かる気配の相手に、振り向かずに話しかける。ルークに近付ききる少し手前で足を止めたようだった。
「俺はずっと海が見たかったんだ」
 特に返答はない。けれどそれが無視ゆえのものではなく、続きを促す種類の沈黙だとなんとなく分かった。
「屋敷の誰かに聞くと、広くて大きくて綺麗でってみんな言うし、本に書いてある絵はびっくりするくらい青くて」
「……バチカルからはすぐなのでは?」
 バチカルには港がある。街を降りて進めば海はすぐそこ。けれど。
 そうなんだけど、と俺は笑う。
「軟禁されてたから」
 そうでしたねと眼鏡を押し上げる男は、言いながら自分の隣にやってきた。
 さあと風が流れた。ジェイドの長い髪が風に乗って持ち上げられる。その静かな様子をちらりと盗み見て、また視線を遠い景色に戻した。
「内緒で連れてけってガイに散々強請ってもさすがに駄目でさ」
「ガイは昔から随分苦労してきたんですねえ」
 わざとらしく胸に手を当てて痛むような素振りをする。なんだよと頬を膨らませると、ガイの心労を慮っていただけですと、嫌味なくらいの笑顔が返ってきた。ルークはむくれてそっぽを向く。
 散々我が儘を言って困らせて手を焼かせてきた自覚はある。けれど、優しい彼がずっと傍にいたからきっと自分はこの狭い世界での生活に耐えられたのだと思う。感謝している、本当に。
「……とにかく、成人したら連れてってやるって言うから仕方なく諦めて、」
「本当にあと数年も我慢できていたかどうか、怪しいところですけどね?」
「うるさいなあ」
「ガイに聞けば、貴方の脱走計画失敗談が山ほど聞けそうですねえ」
「ピオニー陛下に脱走ばっかりされてる奴が人のこと言えるかよ」
「……あの方の脱走癖は子どもの頃からの筋金入りですから」
「俺もまだわりと子どもの部類なんだけど」
 これから鍛えたら陛下みたいになれるかなと呟いていると、
「……止めてくださいよ、あの方の真似などされてはたまらない」
 本気で顔を顰めるから、俺は笑ってしまった。ジェイドが唯一弱い相手。長い時間をかけて築いたのだろう信頼関係が垣間見える二人。軽口を叩きあって、俺たちがいても身分なんて関係なく平気で貶し合って、だけど絶対的にお互いを信じてる。
 いいな。そう思う。そういう関係を、俺もみんなとこれからも築いていきたかった。旅の間に、いろんなことを俺は学んだと思う。人のこと、国のこと、世界のこと。誰かを思いやる気持ち、仲間を大切にする気持ち。悲しみ、喜び、辛さ、痛みと楽しさと。生きるっていうこと。
 何年かたって、あんなことがあったこんなふうだったって、俺やみんなの馬鹿みたいな失敗を思い出して笑いあって、大事なときにはまた力を合わせて。そんなふうに、年をとっていきたかった。
 もう望めないのだろうけれど。
 俯くと、口元が歪んで心の声が漏れてしまいそうだったから、俺は顔を上げた。
「自由に見られるものじゃなかったからさ、なんとなく、海は自由の象徴みたいな気がしてた」
 屋敷から出られるようになったらまず海に行こうと決めていた。こんな遠くから眺める景色の一部分としてじゃなく、目の前いっぱいに広がる、自分が取り込まれてしまうくらいの大きな海に。
「実際はどうでした?」
「うん。綺麗なだけじゃないよな。荒れると怖いし、危険もあるってわかったし」
 荒れた海を渡るのは、頑丈な装甲艦でもなかなか大変だった。操舵がとれるわけでもない自分は部屋に閉じこもっているだけだったが。
「おや、タルタロスの旅は快適ではなかったですかねえ」
「軍艦じゃねえか、タルタロスは」
 軍用艦なのだから、船室の快適さなど第一には作られていない。豪奢な屋敷で贅沢さだけは充分に与えられて育ってきたルークにとっては、快適とは言い難かった。
「でも、……」
「なんです?」
「……楽しかった、な。俺は、自由で」
 タルタロスに乗っているときだけではなくて。アルビオールで空を渡るときも。海を越えて仲間たちと世界を旅するのは、とても楽しかった。
「雪国育ちの私にとっては、海は恐ろしいもの、という認識でしたけどね」
「そうなのか?」
「雪国ではね。船を出すのも一苦労なんですよ。吹雪けば当然航海などできませんし。船が出ずに人の行き来が絶えるとなると、あの街は雪に閉ざされて孤立してしまう」
 何度も足を運んだ白い街を思い起こす。自分が訪れたときには穏やかな街に見えたが、あれだけ雪深いのだから様々な苦労もあるのだろう。
「ジェイドはそんなこと感じなさそうなのにな」
「そんなことはありませんよ、幼い頃はそれはもう怖くて怖くて」
「嘘つけよ」
 あのピオニー陛下が傍にいたのなら、無茶して海に漕ぎ出してすらいそうだ。笑うと、ジェイドも笑った。
「いいんじゃないでしょうか」
「?」
「貴方にとっては、自由の象徴でも」
 遠くから眺めるだけではない、浜辺を歩くこともできるようになった。船で渡ることも、飛び越えて空から行きかうことも。今では乗り越えられるものになった。
「そう思えば、いい景色じゃないですか、ここからの眺めも」
 昔は遠くて届かなくて、焦がれた景色。
「また、……」
 言いかけて、言葉を止めた。
 一緒に見に来ようとは言えなかった。言いたかったけれど。何度でも、仲間たちとこの思いを分かち合いたかったけれど。古い思い出になるくらい、何度だってこの景色を眺めたかったけれど。消えてしまうかもしれない自分には、何一つ確かな未来などない。
「私は、」
 ルークを沈黙をしばらく見守って、それからジェイドがぽつりと口を開いた。
「覚えておきますね」
 この景色を。
 言われて、胸がちくりと痛んだ。
「私はマルクトの人間ですから、もうここには来られないかもしれませんし」
 そう言って言葉の真意をぼかしはするけれど。
「覚えておきます」
 はっきりと、ジェイドがそう言った。
 うん、と辛うじて頷いて、ぎゅうと強く瞼を閉じた。込み上げるものを抑えるのに必死だったけれど、きっと隣のこの男はそんなことには気付いているんだろう。
 最後にもう一度だけ目に焼き付けておこうと、ルークは滲む目の端を拭って顔を上げた。




20171113

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