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居酒屋にて【あつトド】


「ニートやめようと思って」
 トド松はそんな台詞を吐いてビールをあおった。カウンター席なので隣に座るトド松の喉仏がよく見える。それが何度か上下して止まった。ぽかんとする俺に、今日もいいスーツ着てるね、とトド松は何も考えずに言う。世の中にはわざとアヒル口にする女がいるが、トド松のこれは素なのだろう。トド松は俺には金をねだる時しか媚びてこない。媚びを生きるすべとしているトド松は基本的に、心を許した人間以外に素を曝け出すことはない。これはノロケである。
「就職するの?」
 一口だけ飲んだビールが俺の目の前に置かれている。できる限り平静を装ったつもりだ。
「そう。言っとくけど今度は喧嘩じゃないからね。兄さんたちとも関係は良好だし」
「じゃあなんで」
「あつしくんにお金出してもらうの、そろそろ申し訳ないなって」
「え、今まであれだけ躊躇なくせびってきてたのに?」
「うるさいな」
 それから一拍おいて、トド松は言いづらそうに言葉を漏らす。
「…………今までは、友達だったからさー…………」
 声がだんだん小さくなり、気恥ずかしそうに俺の顔から目をそらした。今までは友達だったから。それは俺たちの関係を示す言葉でもあった。「友達」が変わったことを示す言葉でもあった。自然と頬が緩まる。突き出すようにした上唇を舐めたいと思った。大衆向け居酒屋のカウンターでそんなことをしたらどうなるか分かりきっているので自制心で抑える。
「対等な関係でいたいんだよね、僕は」
 別に就職なんてしなくてもめいっぱい甘やかして何でも買ってあげるのに。俺だってトド松に何かおごるとき、言葉では嫌がるそぶりを見せるけれどいやだと思ったことは一度もないのに。そう思っているのは俺のほうだけで、あくまでトド松は恋人として隣に立ちたいという。そんなところもいじらしい。
「就職先に当てはあるの?」
「……」
 ビールをまた飲む。今度は底が見えるまできっちり飲んで、パネルで追加注文の操作をし始めた。あまり良い就職口は見つかっていないらしい。
「俺が人づてに良いところ紹介してもいいけど」
「いや、今回はあつしくんには頼らないから」
 対等でいるために、トド松は自分の中でルールを決めているらしかった。それならば俺が口出しできることではない。合コンの女の子を紹介した時のような気軽さは今回は通用しないらしい。それはそれで残念である。トド松が俺の範囲外で何かを選び決定してしまうというのはあまり面白くない。
 居酒屋の従業員がやってきて、トド松の席から空のビールを下げて新しいビールを置いた。その手があまりにも細くて顔を見ると、まだ大学生に見える若い女の子だった。胸も大きい。トド松のほうに向きなおると、トド松はしっかり胸を見てから「ありがとうございます」と従業員に愛想よく笑った。
「だから、ニートの僕とはお別れだよ、あつしくん」
「いつになることやら」
「……やれると思ってないでしょ?」
「まあ、やれたとして…高く見積もっても来年くらい?」
「今年中に就職してやるからな……」
 恨み言のように言うトド松が面白くて、思わず笑う。目の前のかわいらしい男は不服そうにしていたが、俺が笑うのをやめないでいると諦めてなんこつの唐揚げをつまみ出した。大衆向け居酒屋というのは得てしてうるさいので俺はそんなに好きではなかったが、トド松と行く居酒屋は好きだった。俺の笑い声が喧騒に掻き消える。
 もしも就職できたなら、トド松の望み通り割り勘で居酒屋に行こうと約束した。

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