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【クリスと相楽君】いざ行かん

「クリスさん、何してるの?」

北村の声に、名前を呼ばれた古論が振り返る。
手には三十センチほどの木の棒が握られており、川辺に生えた茂みへと向けられている。

早朝六時の河川敷。
時折犬の散歩に来た老人などが通るくらいで、他に人影は見当たらない。

「ランニング終わったと思ったら、こんな所に居たんだ」
「相楽。すみません、ちょっと船を見かけたものですから」
「船?」

北村は不思議そうに首を傾げた後、クリスの持つ棒の先を見た。
茂みの先、青々とした笹の葉で出来た、小さな船があった。
良く見つけたものだ、と感心しながら北村はクリスへと歩み寄る。

「へえ、今どき珍しいね。笹船なんて」

笹船は茂みに引っかかり、川の流れに乗れずにいた。
ゆらゆらと、船は揺れるばかりで一向に進まない。
クリスは棒の先で船をつついて、何とか流れに戻そうとしているらしかった。

「でも、なんでそんなことを?」
「いえ、なんとなく親近感がわきまして」
「親近感?」
「ええ」

アイドルになる前の自分に、と笹船から視線を逸らさずにクリスが言う。
その眼は真剣に笹船へと向けられていた。
つん、と棒が笹船をつつく。ぱしゃ、と水が跳ねた。

「どうしたらいいのか、前への進み方がわからなかった自分を思い出しましてね」
「…へえ。クリスさんも、そういう風に思うことがあるんだねえ」
「ええ、他人事とは思えなくて」

ぱす、と棒が雑草を薙いだ。するり、と笹船が進みだす。
しばらく見守ると、どうやら無事川の流れに乗れたらしい。
すいすいと笹船は進んでいく。

「良かったね」
「ええ。良かったです。無事に、彼が海へとたどり着けることを願いましょう。…相楽」
「んー?」
「ありがとうございます」
「…お礼を言われることは何もしてないけど?」
「見守ってくれていたでしょう。彼を」

古論が笑って、漕ぎ出していった船を見た。
まるで古い友人を見送るような眼をしていた。



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