ジャンル:アイドルマスターsideM お題:小説家の世界 制限時間:4時間 読者:36 人 文字数:1386字 お気に入り:0人

【九十九と大吾】船出

それはいつだって自分の頭の中の物語だった。
他人の目には見えず、聞こえず、理解の出来ない代物だった。
だから描いた。文字を使って、はっきりと可視化できるように色を付けていった。
それを愛する者に受け入れられ、認められることが嬉しかった。
頭を撫でる、彼の掌の感触が堪らなく好きだったことを覚えている。
「でも、いつしかそれがなくなった」
怖くなった。
求められることが、苦しくなった。
けれどその苦しみはそう簡単に吐き出すことはできず、助けを求める事も出来なかった。
早く、早く、描かなければ。そうしなければ。
焦燥感に駆られるばかりの日々が続く。目の前はいつでも真っ暗で、先が見えない。
恐怖と不安。いつまでも終わらないのではないかという絶望が俺の足を捉えて離さない毎日。
もがき足掻き、息をしたくてのた打ち回る日々。
「色んなものが砕かれた」
夢、希望、愛情。確かに大切だったもの。自分。
今の俺は確かなものだと、はっきりと言い切れる自信。
世界が濁っていくばかりで、あれだけ美しく思えていた頭の中の物語が灰色に見えた。
「失っていくばかりだと、思っていた」
本当の自分を。彼への愛情を。物語を描くことへの情熱を。
手放さなければいけないと思っていた。



「まさか、こんなに美しいものを見れるなんて、思ってもいなかった」
舞台の上。
幾つものライトが奔って、闇を蹴散らしていく。
握ったマイクは思ったよりもずしりと重い。
顔を上げて場目の前に広がる世界はがらんとしていた。
「先生、大丈夫か?」
「ん、平気だ」
隣に立つ大吾が心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。
額には汗が浮かんでいて、それが照明に照らされてきらりと光る。
「それならええが…。なんじゃ、ぼうっとして。何処か悪いんか?」
「いや…すまない。色んなことを、思い出してしまって。なんでもないんだ」
「ほんとうに?」
「本当だ。…リハーサルは終わったし、本番まであとちょっとだが時間はある。少し休もう。涼は?」
「涼ならボスと一緒にスタッフさんと話があるっちゅうて、先に出て行ったわ」
「そうか」
ふう、と息を吐く。
歌いながら踊るというのは、なかなか体力を持っていかれる。
未だに慣れない部分もある。だが。
「なあ、大吾」
「ん?なんじゃ先生」
もう一度、舞台から観客席を見る。
今はまだ誰もいない、そのがらんとした広い空間。
けれど、これから一人二人とあそこに座る人がいるのだろう。
俺たちを見に来てくれる、ファンがそこに座るのだろう。
そう思うと胸がぎゅっと締め付けられる。けれど、そこに苦しみはない。
「成功させよう、絶対に」
真っ直ぐに前を見る。
これから俺が生きる場所。これから俺が進む世界。
本当の俺をさらけだしていく世界。
俺"達"が生きていく世界。
何もかもが未知数で、今までとは全く違った景色がこれから先幾つも待っているのだろう。
不安がないと言えば嘘になる。けれど足は軽く、前へ進むことを恐れたりはしない。
眩いばかりの世界が広がっている。未来が、待っている。
「おう、あったり前じゃあ」
大吾がにっかりと笑って、俺の背中を叩く。
あの時とは違う掌が、俺を前へと進ませる。

船は出ていく。錨は引き上げられ、その進みは軽やかだ。
まだ見ぬ色彩。
それを求めて、俺の世界が一歩進んだ。

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