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【英雄と龍】君は頑張った

事務所の一角に設けられた談話スペースは、いつも誰かしら人がいる。
もふもふえんと神速のメンバーがトランプをやっていたり、硲さんと古論さんが何か難しい討論を繰り広げていたり。
この前は神楽と信玄が此処で眠ってしまった都筑さんを起こそうと悪戦苦闘していた。
事務所一の人気スペースだと言ってしまって良いと思う。
そんな人気の場所で今日も一人、誰かがぶつぶつと何かを呟きながら難しそうな顔をしていた。
その顔は真剣で、しかし少しばかり苦しそうでもある。
「らずりシーチェ プりスターヴィッツア…」
「何やってんだ?龍」
「ぅお!?あ、なんだ、英雄さんかあ」
「なんだとはなんだ」
相変わらずな反応に少しばかり呆れつつも、俺は龍の隣に腰を下ろす。
テーブルを見れば一冊の本が拡げられており、ページには見慣れない文字が並べられている。
「…ロシア語?なんでまたいきなりそんなもの読んでるんだ?」
「今度ロシア人のアイドルの子と一緒に、ロケに行くことになりまして。ちょっと勉強しておこうかと」
「そう言えばそんなこと言ってたな。頑張れよ」
「はい!」
龍が元気良く返事をしながら頷く。
眉間に寄った皺は今は消え失せ、表情は明るい。
が、そんな顔も俺の放った質問のせいですぐに消えてしまったのだが。
「で、どうよ、塩梅は」
「……」
「…そっか。頑張れ…」
「はい…」
しゅん、と龍が項垂れる。
雨に濡れて切なそうに鳴いている犬を思わせる表情だ。
「あっ、でも、ちょっとは覚えたんですよ」
「ほう。どれどれ」
「ええっとですね………エータ どぅりゃ ミにゃ キターイスカヤ グらーマタ!」
うん、わからん。
「なんていう意味だ?」
「ぜんぜんわからない」
「は?」
「だから、『ぜんぜんわからない』って意味です」
「……そうか」
それでいいのか、龍。
そう言いたかったが、俺はその言葉を口にするだけの度胸はなく、静かに呑み込んだ。
後日、そのロケが終わった龍にどうだったか聞いてみると、そのロシア人の子は日本語が話せる子だったようで。
何処か切なそうな顔をした龍は、静かにロシア語の本を抱えていた。

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