ジャンル:ニューダンガンロンパV3 お題:せつない小説の書き方 制限時間:4時間 読者:96 人 文字数:3233字 お気に入り:0人
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紅鮭団のある夜【最赤】

 ふう、と息を吐いて本を閉じた。
 漸く現実に戻って来れた僕は、背筋をぐっと伸ばして、凝り固まった体をほぐす。今が何時かは分からないけれど、ずいぶん長い間ここに居たことは間違いない。ぽき、と音が鳴った背中の骨がそれを教えてくれる。

 本がうず高く積まれた雑然とした図書室だけれど、僕はここが嫌いでは無かった。
 この図書室にはたくさんの推理小説が積まれていた。この学園の外ではお目にかかったことのない絶版になった推理小説の数々。読書はもともと嫌いではなかったけれど、それほど強く好んでいたわけでも無い。けれど僕は、この不思議な学園生活が始まってからこちら、高く積まれた推理小説の山を崩すかのごとく、読みふけっていたのだった。
 だって、この学園生活は暇なんだ。紅鮭団、だかなんだかと呼ばれたこの謎の企画は、ほぼ僕らの裁量に任された生活を送ることになっている。起床や消灯の時間は決まっているけれど、言ってしまえばそれだけだ。同じくこの企画に参加させられている超高校級のみんなと過ごすことに、制限はほぼなかった。一人でいても良いし、誰かと一緒に居ても良い。もっと親しくなりたいというのなら、モノクマの策に乗る形ではあるけども、チケットを片手に相手を訪ねれば良い。

 僕は、元来の内気な性質が災いして、初めはこの交流企画に乗り気では無かった。誘拐されて無理やり参加させられていること、モノクマたち企画者の身元が不明なことから、むしろこの学園の謎を解く方に意識が割かれていたのも理由だ。
 けれど調査を始めてから一日もしない内に、モノクマから調査禁止令が出されてしまい、僕はしぶしぶながら調査を断念するしかなかった。
 モノクマから交流を推奨されたところで、もともと乗り気でないものに熱心になれるはずがない。僕は自由時間と定められた時間に、一人で過ごすようになった。たった一人、赤松さんに誘われた時を除いて。

 今日は、そんな日だった。お昼を少し過ぎたくらいの時間に、僕の部屋を訪ねて赤松さんは言った。

「いつも、私に付き合って連弾してもらってるし…………今日は、私が最原くんに付き合うよ!」

 そして、僕がよく一人の時間を過ごす図書室に、二人で向かったのだった。



 そして、僕は恥ずかしくも赤松の存在を忘れ推理小説を読みふけり、読書に飽きた赤松さんは、僕の目の前の席に座ったまま居眠りをしてしまった、というわけだ。
 僕は申し訳なく思いながら、気持ちよさそうな顔をして眠っている赤松さんの肩をゆする。

「赤松さん」
「うぅ……ん。………………最原くん?」
「うん……。おはよう、赤松さん」

 ぼんやりしていた赤松さんの目が瞬く間にはっきりとして、机に臥せっていた上体をがばりと起き上がらせる。

「う、うわー! ごめん、最原くん!」
「う、ううん。こっちこそ、ごめん。その…………読みふけってたみたいで」

 普通の文庫本サイズだけれど、僕はきっちり一冊分、すべて読み終わっていた。読むのが早い方というわけでも無い僕が全て読み終わるまでの間、赤松さんを放っておいたのは僕の方だ。

「最原君は悪くないよ! 私、結局読み始めて三ページ目くらいで記憶なくなっちゃってるし…………」
「は、早いね…………。寝不足だったりしたの?」
「うん。ピアノバカで恥ずかしい話なんだけどさ…………実は昨日夜遅くまでピアノ弾いてて…………。なんていうのかな、ちょっとセンチメンタルな気分になって、どうしても弾きたくなっちゃったんだよね。実家で良く弾いてた、切ない恋の曲なんだけど」
「そうだったんだ…………」

 普段は気丈な赤松さんだけれど、誘拐されてきたんだ。不安にならないわけが無い。それに、もうこの企画も七日目だ。ホームシック、というのも多少はあるのかもしれない。
 帰ろうか、と彼女に声をかけて、図書室を出る。階段を上がれば、すでに窓の外はすっかり暗くなっていて、思っていたよりも遅い時間だと分かる。この時間だと、ひょっとしたら食堂に向かっても誰もいないかもしれない。それでもきっと、東条さんの事だから食事だけは用意してくれているだろう。僕らはまっすぐ食堂へ向かった。

「最原君は無い? こう…………切ない気持ちになるとき、とか」

 どきり、とする。切ない気持ち、と聞いて、僕のほんの少しのやましい気持ちが顔を覗かせたからだ。
 僕は後ろめたい気持ちを、丹念に覆い隠して、そうだね、となんでもない風を装い返答を探す。

「そういう小説を読んだ後とかは…………そういう気分になるかな。さっき読んでた小説も、そんな感じだったよ」
「あれ? でも、さっき読んでたのって推理小説だったよね? 切ないお話とかもあるんだね」


 推理小説だったけれど、先ほどのものは人間ドラマにも力の入った小説だった。
 けれど、話は存外シンプルだ。男が、死んだ恋人の復讐のために殺人を企てる。途中までは順調だったそれも、最終的には別の男に計画を乗っ取られていしまう。実は、計画を乗っ取った男は、死んだ女に片想いをしていて、女への想いを殺人という形で成し遂げた。という話だった。


「それって、切ない話なの?」
「うん…………僕は、そう感じたな。とくに、殺人を成し遂げた男の方が。なんて言ったらいいのか分からないけど…………」



 忘れることができなかった男が悲しかった。叶わない恋は透明で――――ただひたすらに、せつなかった。



「ただ僕が、そういう話に弱いってだけなんだけどね」
「最原君は、小説に入り込むタイプなんだね」
「うん。そうかもしれない」

 でも意外だな、と赤松さんは言う。

「意外?」
「うん。最原くんって、キャラクターの恋愛とかに、感情移入ってしない方だと思ってたから」
「そう……かな」

 そうだったかもしれない。少なくとも、この恋愛バラエティに参加する前までは。
 僕にとって、恋愛というのはなんだか遠くにあるもので、他人がするものだった。それこそ、小説の登場人物がするような。
 それが――――変わったのは。僕は隣を歩く赤松さんを見る。可愛くて、明るくて、仲の良い女友達。僕には今までそんな存在がいたことなんて無かったから――――だから、いつも困っている。彼女のことを考えるだけで湧いてくる、このせつなさに似た感情を、僕は許して良いのかどうか。
 許してしまえば、きっと今のままではいられない。そんな未来を想像することの方が、よほど胸が苦しくなる。僕は、赤松さんとの今の関係も、苦しいくらいに好きなのだ。



「うん、確かに、前まではそうだった…………かも」
「え?! それって…………」

 驚いたような様子の赤松さんに、僕の方が驚いた。何がそんなに意外だったんだろうか。今の話の何処に、そんなに驚くようなことがあったんだ?

「…………ううん。なんでもない。…………最原くん、たしかに最初に会ったときよりちょっと変わったもんね! なんていうか、頼もしくなったよ」
「え?! そ、そんなことないと思うけど…………」

 思わぬ褒め言葉に照れた顔を見られたくなくて、帽子のつばを握って俯く。赤松さんのなんてことのない褒め言葉が、どんな称賛よりも嬉しい。そんな僕を、きっと彼女は知らないだろう。


 ばれてはいけない後ろめたさが、甘美で悲しくて…………せつなかった。



 あの小説の作者は、知っていたのだろうか。隠し続けるだけだった恋の苦さを。叶わなかった恋のせつなさを。そして、その先の悲劇の味さえも――――
 きっと知っていたのではないかな、と思う。せつない小説の書き方は、せつなさを知っている人にしか分からない。





 僕は最終日に想いを馳せる。
 僕と赤松さんがどうにかなる未来なんて、ちっとも見えてなんかこなかった。

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