ジャンル:文豪とアルケミスト お題:つまらない友人 必須要素:ポエム 制限時間:4時間 読者:77 人 文字数:2440字 お気に入り:0人

ぎりぎり

【繋がりは】

特務司書の少女は帝國図書館分館のドアを開けた。
観音開きのドアは音も立てずに彼女を出迎える。この分館の管理者である加護者はいつもならば、
すぐに話しかけてくるのだが、今日は違う。

(開いてるってことは秋声さんが……)

『私が開けておいたの。奥に石川啄木が居るわ』

(借金苦か)

自分にだけしか聞こえない囁き声がした。
日々、分館には本が詰め込まれている。近代文学を中心に集めていると言う。
他に誰も居ないのだろう。
特務司書の少女はそっと奥の方に向かう。新しい本が増えていた。
本棚もだ。
スチールラックの丈夫な本棚が出来ていて、そこに分厚い本がいくつもいくつも、陳列されている。

『全集コーナーね。術式で移動は出来るから』

(……頭からおちてきたら痛いよね)

『落ちないわよ。――落とさない限りは』

遠くから眺めているだけだが、地震が来ても無事なようにはしているらしい。
石川啄木は、本達を無言で見つめていた。

(まさか、売れるかなとか想……違うか)

『色々収めたのよ。堀辰雄の全集とか、芥川龍之介とか転生文豪で出ている者は、一通り』

(全集って多い人はとても多いんだよね)

『版元にもよるけれども、梶井基次郎とか中島敦は全集だと三巻、川端康成や幸田露伴は多いわね。石川啄木だと九巻ぐらい』

(そんなに何を収めているの)

『書いた小説や、文豪によっては詩、俳句、日記、初稿、遺稿、他作家が考察したとか色々』

気配を完全に消して近づく。
啄木は、気付かない。
ストーキングをしているようなものだが、今の啄木に話しかけるのは憚られた。
このまま消し続けていれば、見つからない。

(借金苦って、死後に評価が上がった人だっけ)

『そうよ。金田一京助、言語学者ね。アイヌ語研究の本格的創始者』

(アイヌ研究、きっと熊と戦ったんだろうな……)

「おい。司書、どうし……」

アイヌと言えば熊だ、漫画で読んだ。毎回毎回熊と戦ったりする金塊を探しに行くあの漫画だ。
加護者が思いっきり沈黙していることが伝わってくる。
肩に手をかけられて、声をかけられた。

「わかや……」

「うわああああ!! 司書、テメエ。ゆうれ……」

啄木の声が分館中に響き渡るように放たれた。
同時にスチールラックから本達がこぼれ落ちて、啄木の頭上から降り注ぐ。
一部が啄木の頭に当たった。
啄木は尻餅をついてしまっている。

『煩い』

(落とすな!!)

そのまま啄木の方に走る。全集の棚達は温かな分館の中でも温度が低いと感じられる場所だ。
落ちたのは『石川啄木全集』である。
加護者は分館中の本や品物を自由自在に移動出来た。これは分館は加護者の空間だ。

「司書……お前……生きてる?」

「生きてるんだよ」

「気配が薄かったんだがな。居たから声をかけてみたんだが」

「ぼっさんは生きてるけど司書が死んだみたいに気配がなかったか……」

若山の方は分館に入ってきたら、司書を見つけたと言うような状況だが啄木からすれば、
ぼっさんの方が見えていたのだが、司書がいきなり居た、となっていた。

「気のせいじゃないの。……あれ?」

気配を完全に消していたことについては触れずにある本に触れる。
本のケースにどれも入っていたが、一冊だけケースから外れたものがあった。
『石川啄木全集 第八巻』。
ご丁寧に栞が挟まっている。
知っている。加護者が使っている栞だ。
金属製の栞であり、アーモンドの花が描かれている。
読め、と言うことだろう。
あるいは、読ませろ、か。

「俺様の全集だな。俺様はまだ読んでねえけど。いつの間にか出てたし」

「そうなるよね。……これ……」

生前に全集が出ることはたまにあるが、殆どは死後だという。
落ちている空っぽのケースに書いてある文字を一瞥すれば、『啄木研究』とある。
ページをめくると、そこには、

「石川啄木君の歌……」

著者は。
と読もうとしたとき、若山が司書から『石川啄木全集 第八巻』を取り上げた。
挟まっていた栞が落ちる。

「戻しとくわ。いきなり落ちたのは吃驚したけどな」

(著者、若山さんだよね)

若山牧水とあった。生前の若山が石川啄木について書いたのだ。

「ぼっさん、戻してくれるのか」

「ついでだしな」

あっさりと若山は本をケースに戻す。

「それ、石川啄木君の歌って……俺様について誰か言ったのか」

「誰かって」

――若山さんだよ、と司書は言おうとしたが、言えなかった。

「何処かの誰かじゃないか。あるいはお前のつまらない友人か」

若山と、目が合う。
言うなと言われていた。
何が、書かれていたのか。

「君達、何をしているんだい」

「白秋!」

「北原さん」

声がかかる。
北原白秋が呆れたように声をかけていた。ここで啄木はようやく立ち上がる。

「司書が幽霊みたいって想ったら本が落ちてきたりしたんだけど、司書って幽霊じゃないよな」

「君の目は節穴かい?」

北原が見下すような声で、視線で言ってくる。

「気配が薄すぎたんだよ」

若山が頭に触れてきた。酒の匂いが少しだけした。子供扱いされている。

「彼女はここにいるじゃないか」

「だよな」

何を言っているのだろうと北原が言う。気配は今、だしている状態だ。

「面子も揃ったし、今日の浄化はしないのか」

「銃が三人だと一気に開幕系に……」

「離れようや」

若山が促す。
特務司書の少女は話題をそのまま打ち切ることにした。



『あまぢはるかに故里の楽《がく》の名残をつぐるとて、
さくらの苑におぼろなる夢の色ひく月の影。花は眠れど、人の子の
夢なりがたき旅ごころ、とはの眠りに入れよとて、月に泣くらむ夜半の鐘』




闇の中で加護者はそっと呟いた。
読んでもらえなかったわ、と想いながら。


【Fin】

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