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【マリアリ】彼女の残り香

 「アリスはさ」

 昼下がりだった。森の重い緑を抜けて窓に差し込む柔らかい光。それを浴びて光る金髪。紅茶のカップを半ば傾けたまま、ぼんやりした視線が目の前のテーブルを通り過ぎて揺蕩った。

 「なんで、魔法使いになったんだ?」
 「……なによ、その質問」

 確か、その前の話題は冬の寒さについてだった筈だ。あの子が自縛じみたマフラーのくるまり方をして私の家に飛び込んできて、家に入ってからたっぷり3分は寒いしか言わなかった。それで私は呆れて紅茶を淹れて、あの子のお気に入りの窓際、ぽかぽかした陽だまりの当たる席に毛布を添えて座らせてやったのだ。
 まさか寒さに勝つために魔法使いになろうかと思った、なんて言うんじゃないわよね。そう瞳で問うてみたけれど、彼女は呆けたような眼差しを明後日へ向けたままだった。

 「──私、」

 開きかけた唇は何度か小さく震えた。ふっと目を伏せた表情は、いままで見たことのないものだった。血の気のない頬を日差しが滑り落ちていった。
 綺麗、そんな感想を人間なんて生物に抱いたのはあれがはじめてで、きっと最後だった。

 「私、……」
 「いいじゃない、別に。急がなくたって」

 だけど、私の人形以外に綺麗なものの取り扱い方なんてわからなくて、私はあのとき途方に暮れたのだ。

 「なりたいならなればいい。迷ってるならまだ迷う時間はあるでしょう?人間なんてすぐ死ぬものだけど、それでも、まだ」

 微かにでも揺らせば零れそうな中身を、いつもの魔理沙で覆い隠してほしかった。
 触れることに怯えて、それでも触れたいだなんて、そんなふうに思うようになりたくなかった。
 だってそんなの、まるで恋のようだ。

 「……、……そう、だよな」

 魔理沙は笑った。いつもどおりに。私の心臓が甘く痛んだ。
 昔の話だ。
 なにもかも。
 魔法使いにならない彼女は、人間のままの彼女は、恋の魔法は、少女がおとなになるにつれて衰えていく他ないのに。
 人間のまま隣にいてくれるなんて予測は、あまりにも拙くて甘かった。
 昔の話だ。おとなの彼女が人里へ帰ってもう何年と経つ。
 職業魔法使いのあの子はもう、この家に来ることはない。

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