ジャンル:FGO お題:去年の風 制限時間:30分 読者:78 人 文字数:1340字 お気に入り:0人

しのにおい

 宝蔵院胤舜の着物の裾からは、いつも白檀の、よいにおいがする。俺が彼をこのカルデアに喚びだしてから、何日も経過したというのに、その甘くて爽やかな線香のにおいは彼の近くに寄るたびにするのだった。線香はないはずなのに! 俺は自室の部屋の床に座禅を組んで、ぴくりとも動かない雲水姿の背中にしがみついて、そのにおいを肺いっぱいに吸い込んでは、かれこれ数年帰っていない、実家の仏壇を思い出す。俺の古い家の居間にの仏壇には祖父母の写真と、見たことのない女性の写真が飾られていて、俺は幼い頃から、特に何も考えずにそれらに向けて手を合わせてから夕飯を食っていた。
 胤舜は木彫りの仏像のようにがっちりと手を組んで静かに目を閉じていた。俺はその背中に片耳を押し付け乍ら彼の心の臓とも言える霊核が、とくとくと脈打つのを聞いている。
 すべすべとした着物の裾から戯れに手を差し込んでも頑として動かなかった。もしかして、石化でもしてしまったのかしら、と思ってその腕に触れると筋は柔らかで温かかった。
「主殿、気が散るので止められよ」
「これも修行だと思って我慢できる?」
 胤舜はぴしりと俺の手を咎めたけれど、俺がそう言い返すと押し黙った。こんなの修行じゃあないよ、と思いつつ、胤舜は真面目にも俺を力ずくでどかすことをやめたようだった。そうしてまた、さっき喋ったのが嘘みたいに動かなくなる。俺はとても憐れに思って胤舜の着物の中から手を引き抜き、彼の岩のように硬い腹をぐるりと抱きしめるように手を回した。
「実家でも嗅いでいたけれど、胤舜坊、あなたのにおいはお寺でも嗅いだな……」
 俺の言葉に少し間をあけて、律儀にも
「当たりまえであろう、線香の匂いだ」
 と胤舜は返事をした。
「ここにはお線香なんてないだろうに、どうやってこの匂いがついてるの?」
「玄奘三蔵様よりいただいた。というのも、きゃすたーの面々は薬を扱う。白檀を使った線香まがいのお香を作ってくださるのだ。植物を育てている者もいる。日々の祈りに欠かせぬものはどうとでもなるものだ」
「お寺のお線香はいいにおいがするから俺は好きなんだよなあ」
「主殿はどこの宗派なのだ」
 むにゃむにゃ、と俺は答えた。自信がなかったので、「間違えているかもしれない」と付け足す。
「寺にはよく通ったか」
「ううん、祖父母の葬式で行ったりしたんだよ」
「そうか。良い方々だったろうに、残念なことだ」
「とても悲しかったけれど良いにおいがした。あなたのにおいだ。悲しい死の近くにはあなたのにおいがある」
「主殿、節度を持て」
 今度こそ、ぴしゃり、と音を立てて、胤舜の掌が俺の手の甲を叩いた。胤舜の腹の上をなぞってその着物の裾からもう一度手を差し込もうとしていたからだった。
「煩悩を捨てたいと少しでも思うのであれば隣で座禅を組むがいい。宗派は違えど拙僧が悟りへの道ささやかながら教えてしんぜよう」
「胤舜はいいにおいがするね」
「……線香を少し分けてやろうか?」
「胤舜のにおいが好きなだけだよ。さみしくて切ないなぁ、ああ、胤舜、手を組んでいて」
 胤舜は呆れた顔で俺のことを見ただろう。俺はくんくんと犬のようにできるだけ惨めな様子で彼の着物に鼻をすりつける。

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