ジャンル:ソラとウミのアイダ お題:女のぬるぬる 制限時間:1時間 読者:104 人 文字数:1636字 お気に入り:2人

漁業課の昔話



世界の海から忽然と魚が消えたのは、もう昔の話だ。オリンピックもあれから三つが終わり、まもなく四つめのオリンピックが開かれようというところ。

カウンターには、店主がカクテルを作る真向かいに、中年にも初老にも見える女性が腰かけている。
「当時は元気な少女という印象が強かった女子部のハルも、もうアラサーですよ。あたしらも歳をとったねぇ」
ダイヤモンドカットが施されたグラスを人差し指と親指でつまむように持っている。底にむかってか、飲み口に向かってか、透明な液体が液中でゆらめく。薄暗い室内の間接照明が大人のムードを醸し出している。
「えぇ、私も異動させられたり、各方面から怒られたり、いろいろありました」
エリート街道まっしぐらでこの歳までやってきました、というのを具現化したような黒髪のふるくさい髪型をした男性は、顔だけ隣のほうへやる。
「昔は私も気が強いところもありましたから、よく反抗していました。いまになって振り返ってみると、マンネンさんはマンネンさんで苦労したんじゃないか、と、ときどき思うんです」
女性がそう言うと、彼は胸のあたりで小さく手で否定して、いつものようにおかたい口調で語る。
「いえいえ、私も少し嫌味なところが多かったのではと思います。私は私なりに結果を出したかったですから」
落ち込むでも喜ぶでもない微妙な顔つきだった。それでも、と続けてこう言う。
「ナルミさんにも、当時の部長にも、それから女子部にも、私なりによかれと思ってやってたことがほとんどでしたが、結果的にはあのようなことになりましたから」


それからしばらくの間、お互いにどこか焦点が合わないままにどこかを見つめていた。


その沈黙を破ったのは、彼のほうだった。
「私はね、女のぬるぬるというか、中途半端なところだとか、非合理的なことは好きじゃなかったのよ。もちろん今でも好きじゃないけど」
前ほどではないと言い切らないのは、彼自身なにかまだ引っかかっているところがあるからなのだろう。
彼女はそれを見透かしたように、瞳の奥を見つめる。

「だからこそ私は女子部というものをよく思っていなかったし、あのときの女子部が成功したのも、結果論だとさえ思うこともあるんだよ」
「でも……!」
「わかってる。それもわかってるんだ。結果論なんかじゃない、ちゃんと彼女たちなりに努力して、部長や漁協とも一つになってやり遂げた結果なんだ。それは遠くから見てた私でもよーくわかってます」
彼女は、目の前の人物が次は何を言うかとばかりに前のめりになる。
「ただね、宇宙漁業を女子に任せてよかったのかというのはずっと考え続けてるんだよ。上からの指示があったとはいえ、男子より劣る女子には苦労がつきものでしょう?」
至極正論だ。全ての能力が劣るというわけではない。一億総活躍といわれる世の中になり、女性が社会に一般進出しやすくなったとはいえ、やはり生物としてはどうしても叶わない部分がある。
それを踏まえての正論だからこそ、ナルミはよけいにムッとした。
「マンネンさんも変わらないところがあるんだね。なんか懐かしいな」
彼女は言葉を飲み込んで、少しずつ話題を変えていった。


「ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております」
渋い声の店主にみおくられて、二人は店をあとにする。
店の周りには、ビル、ビル、マンション、ビル。高層ビルに高層マンション、一階にコンビニが併設されたマンションもある。道行く人は、せっかちなサラリーマンと、酔っ払いだけ。
センタービルの電磁式モニターに、映画の宣伝が映し出される。

――命を紡ぐ物語。これは、世界の危機に立ち向かった女子部の成長を描いた、ノンフィクション物語。「「部長!」」絶賛公開中! ――

「懐かしい」
ぽっとため息とともに話す。


スーパーには鮮魚として刺身が並び、缶詰はレアものとしてコレクターが世界各地に広がる。
そんな世界の物語。

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