ジャンル:IT/イット “それ”が見えたら、終わり。 お題:許されざる夜 制限時間:1時間 読者:98 人 文字数:1154字 お気に入り:0人

帰ってきた相手は笑って出迎えるもんだろ?

27年の休息期間から目覚めた時、まず初めに感じたことは――胸の内に広がる空虚感だった。
意識をデリー町中に張り巡らせ隈なく探し回る。募る焦燥感につられ指先が悴み呼吸が乱れた。多寡だが27年と鼻で笑い飛ばしたところで強がりにもならない。顔を思い出したくとも一向に見えない。影が差した不明瞭な面影ばかり脳裏にチラつく。
夜の帳が下りた町は静まり返り闇夜を歩く者は誰一人いない。慣れ親しんだ下水道ではなく地上の道を通り目的の場所の前に辿り着いた瞬間、27年の月日を生まれて初めて呪う羽目になった。住む者がいなくなった建物の劣化は早い。乱雑に打ち付けられた板が玄関と窓を塞ぎ、庭先に立てられた看板の文字に夜空が回る。
一滴の雫が大きな波紋となり広がるにつれ頭蓋奥に犇めく数多の言葉。裏切りにも近い計り知れないショックが足元をふら付かせた。
休息期間中デリーの町からいなくなる事自体予想の範囲内。よくある。問題はさもデリーの町から離れないと無意識の内に決め付けていたことだ。
不意に風に吹かれ一枚の新聞広告が足首に巻き付いた。何となしに見下ろした先、目を見開き知らず笑い声が零れだす。
空に向かって伸ばした手が星を掴んだに近しい感覚が体中を駆け巡る。踊り出した胸が止まらない。握りしめ食い入るように魅入る広告にはこう謳っている。



人気ホラー小説家ビル・デンブロウ
 生まれ故郷のデリーに近々帰郷予定

此処最近のスランプを考えての休息か
 期間は今のところ不明





先程まで滞留していた重苦しく澱み切った感情がものの見事に霧散。代わりに空いたスペースに他のモノが滾々と沸き上がり満ちる。夜明けに似たそれの正体は未だ分からない。
売りに出され荒れ放題だった空き家。売約済みの立て看板に変わり人が再び住める程度に改築が進む光景を日に日に眺めては彼の者の帰りを待った。根拠も確証もない。違う場所に居を構えるやもしれない考えは確かにあったが見て見ぬ振り。
実際、予想に反して目立たぬよう帰省する相手の顔を漸く見れた。
運転していた車から降り玄関を眺めようとしていた視界にわざと目立つ形で映り込む。驚愕した顔に入り混じる理解し難い感情が全てを物語っている。後ろに組んでいた手を解き、顔横で開閉を繰り返せば引き攣っているものの相手が笑いだす。
「ハ、ハハ。これは驚いた」
デリーの町に入った時点で気付いていた。可能なら視界端に入り込み盛大に出迎えたかった。だがしなかった。あえてしなかった。
27年前と違い眼鏡を掛け長く伸びた髪を後ろに一括りにした姿。少年ではなく大人になり目の高さが近くなった相手が近付いてくる。
「まさかデリーの町で昔の知り合い第一号があんただなんて」
「そいつは光栄だ」




おかえり、ビル。

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