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痛いんです、顔。


 

 
 物の怪のたぐいと、遭遇してしまった。鈴仙・優曇華院・イナバは、己のつくづくの不運を、今更恨むことも疲れてきた。
 冷え込む夜中の出来事である。竹林を、酔って心地よく、歩いていた。たまには里で一杯もしたいのである。ちょうど非番であったので、師匠に怒られることも、ないのだ。しっぽり飲んで、そろそろ帰ろうと、迷いの竹林を独りで歩いていた。そんなときに、物の怪は、鈴仙の目の前に現れたのである。

「あなたぁ。確か薬師さんねぇ。ちょっと、おはなし、聴いてくださいな」

 女の声である。物の怪は、黒髪がやたらと長く、特に前髪はすごい、顔が全て隠れている。そういうわけで、どんな顔をしているかは見えない。なんだか、鈴仙はゾっとしていた。鈴仙は、そこらの妖怪にやられるほど、貧弱ではない。しかし、いま、目の前にいる物の怪、なにやら、近寄りがたいのである。前髪に隠れた顔は、口元すらも見えぬ。見てはいかんと鈴仙は思う。

「薬師さん。聴いてくれるかしら」
「え、えぇ、なんの話でしょう、……」

 右に、左に、揺れ動く物の怪に、腫れ物を触る思いで、鈴仙は答える。物の怪は嬉しそうに、話を始めた。

「私ねぇ。整形を、したんですよ、つい最近ねぇ」
「せいけい」
「顔の整形です。顔を、変えました」

 くつくつと笑っている。声だけである。依然、表情は何も見えぬ。しかし、なにやら、剣呑である。鈴仙は、懐中の銃(のような謎の武器)を握った。これはそろそろ、危ないかもしれない。

「でも、ねぇ。聴いてください。薬師さん」
「聴いていますよ。何度も言わなくて、結構ですから」
「そうですか。あのね。痛いんですよ」
「はい」
「顔が痛くて、ねぇ、たまらない。整形してから、どうにも痛い。痛いんです」

 物の怪の、身体の揺れが、ますます大きくなってくる。顔を隠している、前髪も、一緒に大きく揺れる。

「見ます?」

 悪戯めいた口調であった。鈴仙は、不思議なほど、頭が一瞬で回転して、気づいたときには口を開いていた。

「結構です、が、気の毒ですね。お薬をあげましょう。さぁ、これをお飲みなさい。少しは痛みも、和らぐでしょう」

 懐中から、三粒くらい、鮮やかな色の錠剤を取り出して、物の怪に渡した。鈴仙は、本日非番である。薬など、持ち合わせておらぬ。これはただの、飴玉である。しかし、物の怪はたいそう、喜んでいる様子である。

「ありがとう。薬師さん。これで痛くなくなるのね」
「その通りですとも。さぁ、薬を飲んで、はやく帰って、おやすみなさい。休息が一番のお薬ですよ」

 物の怪は、うん、うん、と二度三度頷いて、竹林の中に消えていった。しばらく、誰もいない竹林を見つめて、ふと、力が抜けた。尻から地面に落ちる。なんだったのだ、いったい、整形とか、痛いとか。わからぬ。怖くなどはないが、得体が知れない。ともあれ、退散してくれたのは、助かった。私も早く帰ろう。そんな心持ちで、鈴仙は永遠亭へと急ぐ。
 それから数ヶ月と経ち、季節も夏が近づいてきて、鈴仙もそんな怪奇など忘れ、本日も非番、里でしっぽり飲んで、帰宅中であった。本当に忘れていた。物の怪が、改めて、鈴仙の前に出てくるまでは。出てきたあとも、スッとは、思い出せぬ。ただ、思い出してから、背筋がスッと寒くなって、色々と、早かった。

「お薬、効かなかったのよ。薬師さん」

 その夜は、竹林に弾幕が光る様子を、いくらかの妖怪兎が見かけた。鈴仙は、翌日、普通に仕事をしていた。怪奇であるが、所詮は、ただの物の怪である。鈴仙の敵ではない。ただ、数日は、いささか寝つきが悪くなったらしい。

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