ジャンル:刀剣乱舞 お題:子供のにおい 制限時間:30分 読者:51 人 文字数:1209字 お気に入り:0人

残り香だけが知っている

軽い足取り。パタパタと忙しなく右左。今日も元気に賑やかだ。珈琲が美味い。
「つるまる、またさぼってる!」
小さな体躯で、胸を張って怒る仕草は微笑ましく茶色の髪がふわふわと身体に合わせて揺れるのがまた愛らしい。つい笑みを漏らせば「なにがおもしろいの!」とむくれっ面になる。コロコロ変わる感情がまた一層。
「御手杵が走り回ってるのがなぁ、面白くてつい」
「おもしろくない!つるまるが、うごかないから!おれがかわりにうごいてんの!」
もー!と唸る様は牛か。言ったらまた怒られそうなので、曖昧に笑んで誤魔化す。
いまは四月。新年度。新学期。新生活。並べられる「新」はたくさん思いつくことだろう。床に直で座って珈琲を啜る鶴丸国永もその新生活に飛び込んだ大衆の一人であった。
「明日から仕事だからなぁ、ゆっくりしたいだろ?」
「しごとしててもだらだらしてる!」
「一緒にごろーんしよう」
「しない!」
「……君は働き者だなぁ」
「つるまるがなまけものなんだよ!」

一人の少年を預かったのは偶然だった。

連絡が入り知り合いの家を尋ねたらもぬけの殻。そこに一通の手紙と体育座りをした少年がぽつんと在った。あの光景は未だに思い出すだけひやりとしたものが背筋を駆け抜ける。どこの子だと誰の子だと手紙を一通り目にしても記載はなく、ただ最後に「この子を頼む」しか書いてなかったのだ。今になって思えばあの連絡の時にどいう言う事情かを問いただせばよかったのだ。そうすればいま、こうなっていなかったのに。
少年の名前は「御手杵」という。それが苗字なのか名前なのか、少年はそれ以外口にしなかった。今もそれ以外分からない。
だけれど、こうして元気に駆け回っている姿を見ると何かを思い出しそうになる。それが何なのか鶴丸には全く分からないが。

そう、分からないことだらけのまま少年を預かっている。

「ん、牛乳か?」
くんと鼻を鳴らせば甘い匂い。首を傾げれば、御手杵が駆け寄ってきた。
「ごろーんはしないけど、きゅうけい!」
そういって緑色のマグカップを大事そうに抱えながら鶴丸の隣に胡坐をかいた。たっぷりと入ったホットミルクだ。
「牛乳なんていつ買ったんだ」
「たべるものないっていって、かったじゃん」
「あー、スーパーか」
「もうわすれたのか」
「考えることが多くてなぁ」
じろりと見られたが本当のことだ。別に忘れていたわけではないが、適当に食材をかごに入れたことは覚えている。だが牛乳は入れた覚えがない。きっとこの子がいれたのだろう。
「だっておれ、こーひーのめない」
「いつかは飲めるさ」
「つるまるといっしょにのみたい」
「ははっ、いつかな」
「うえー」
可愛いことを言うもんだ。柔らかい髪をたくさん撫でてやる。御手杵といつか一緒に珈琲を飲める日が来るのだろうか。

「そのときまで俺と一緒にいるのだろうか」

悲しくミルクだけが香った。

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