ジャンル:世界樹の迷宮 お題:美しいブランド品 制限時間:30分 読者:62 人 文字数:1288字 お気に入り:0人

シナモン・チョコレート・ルビー

「これを。あとこれと、それにこれをもう一つ。あー、あと」
「棚の端から端までお買い上げということで宜しいですか?」
 ああともうんともつかない唸りを上げ、主がこめかみを抑える。身じろぎする度に酒気が鼻をつき、あともう数分早くグラスを取り上げるべきだったと後悔の念がふつふつと湧き上がってくる。
 酔うと無駄金を使う、という主の致命的な悪癖に気がついたのは、冒険に同行してからだった。屋敷にいる間は主の姿を見かけることの方が少なく、普段は何をしているのかすら曖昧だったのだから仕方がない。
 ガラスのケースに収められた宝飾品が早くここから出せと主張する。目も眩む輝きに網膜が焦げ付きそうに思えて、ふいと顔をそらし主の横顔を見つめる。
 店員は両手を摺り合わせてにこにこと微笑むばかりで、その笑顔には「何でもいいから大金を置いて出て行ってくれないかなぁ」というような本音が色濃く映し出されていた。目に映るもの全てが二重に揺れ動いているであろう主には気が付きようのない顔色だったが。
 片手を主の肩に置き、宥めるようにぽんと叩く。反応はない。背中を擦ってみる。やはり反応はない。
「こちらの商品も逸品揃いですよ」
 立ち尽くすのに飽きたらしい店員がカウンターをすり抜け、私達の背後に並んでいる得体のしれない彫刻が施された盾や重砲を指し示す。
「今ならえーと、名入れや家紋も彫れますし、それに、そうですね、気持ち的に上がりますよ。運とかそういうものが」
「ああ」
 曖昧な解説に曖昧な相槌をし、主がぼんやりと壁面に目を走らせ、もたついた動きで私の腕を払う。
 立ったまま眠ってしまうのではないだろうかと心配した矢先、ふぁ、と欠伸を一つ漏らし、呟いた。
「帰るか」
「ええっ」
 言うなり、主は私の手首を掴み出口へとのしのし歩いて行く。置いてきぼりにされた店員が歯を剥き出しにして叩きつけるように叫んだ。
「またお越しくださいませ」

 人気のない大通りには濃厚な暗闇が立ち込め、家々の灯りだけが点々と転がっている。
 覚束ない足取りの主を支えるように、片手を腰に巻き付け、主の右腕を持ち上げて肩に回してやる。
 ぴたりと体を密着させるとコート越しに体温と、それから酒の残り香が伝わる気がした。
 二つ目の欠伸を溢した主が私を見上げ、両眼を細めるとくつくつと笑う。不意に足がもつれ体が大きく傾ぎ、路面に長い影を作り出す。
「お前の目も肌も宝石のようだな。色艶が良い。それ以外はからっきしだが」
 宝石。宝石? この目が宝石なら先代の主がとっくに売り飛ばしているだろうに、全くこの人は──。
「ルビーの瞳と、それから、チョコレート。そうだ、チョコレート色の肌だ。チョコが嫌ならシナモンでも良いぞ。それも嫌なら泥団子だ」
 ざらついた笑い声が夜空を突き、それに合わせて笑いたかったけど、声の出せないこの体ではそれも叶わなかった。
 私がチョコレートなら旦那様はリンゴかトマトですねとか、旦那様の瞳が飴玉なら食べてしまいたいのに。とか、そんな戯言を口の中で転がしながら、ただただ家路を急いだ。

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