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忘れ物

 生まれて初めて死体を棄てた。それも殺人未遂をした男のだ。
 父親と兄は私のびりびりに破けた服装を見て何も言わずとも察してくれたし、黙って藁をかぶせた荷車を運ぶのに手を貸した。私はといえば、殺されかけたのだから罪悪感というものはなかったが、突然現れた殺人鬼を、これまた突然屠った女の人の身が気がかりだった。
 のちに、私が棄てた死体は、巷を騒がせている連続殺人鬼のものだとわかった。
 男の死体は下水道から発見されたが、身元が身元だったから、一体だれがやったのかは、王都の兵士たちもあまり詮索しなかった。父も兄も、あの夜のことを話そうとはしなかった。
 
 男の持っていたナイフよりも、女性の持っていたいかつい武器の音が耳に残っている。
 女の人は銃を持っていて、何のためらいもなく引き金を引いた。見事に杭の突き刺さった死体を背にして、「大丈夫ですか?」と笑顔で振り向いたシスターは、呆然とする私に向かって自己紹介をした。
「そうでした。名乗っていませんでしたね……私はマルコシアス、魔物ハンターです! 今日は急ぎですので、これで失礼します!」
 あとには殺人犯の死体と、赤黒い染みのついたベールが残されていた。
 夢なのではないだろうかと思っていたが、あのベールはまだ私の手元にある。

 マルコシアスという名前を頼りに(さすがに「こちらに魔物ハンターさんはいらっしゃいますか」、と人に聞いて回るのははばかられた)人を尋ねた。しばらく収穫はなかったが、往来の宿を出た時、下働きの洗濯女がそっと近づいてきた。
「金髪のマルコシアスを探しているんだって?」
「はい。助けていただきまして、身長はこれくらいで……髪の毛の長さはこのぐらいで」
「マルコシアスだろう、魔物ハンターの」
「ああ、ええ、魔物ハンターの」
 女性は年の割に石鹸で擦り切れた手で住所を示す地図を描いてくれた。あなたもそこの出身なんですか、と聞くのははばかられた。なんたってプライベートなことだ。彼女も、私がどうして魔物ハンターを探しているのかは聞かなかった。
 女性が書いたなんともいえない地図の、私が思っていたのより3軒向こう側に孤児院はあった。
 不揃いな敷石を踏んで歩いていくと、庭で遊んでいた子供たちがじっとこちらを見ていた。私はとっさに、腕に持ったベールをくるくる巻き取って後ろに隠した。不審そうにこちらを伺うので、私はマルコシアスという名と、落とし物を届けに来た旨だけを伝えた。
「ババ母ちゃん、姉ちゃんの! 落し物、届けに来たって!」
「ああ」
 奥からやってきた老齢のシスターは、手に持ったベールを見ると、何か察したように頷いた。見せるべきか迷う前に、シスターはありがとうねと言ってベールを受け取った。
「どおりで一つないと思ってたんだ。全く、この手の汚れは落ちにくいったらありゃしないんだよ、あの子ったら」
「あの、それは彼女のものじゃありません」
「そうかい」
 私はフォローしてみたが、老齢のシスターは知っていた風ににっこり笑った。どこか寂しそうな、誇らしげなような、とにかく40年以上は生きていないと出せない声色のニュアンスで、良いとも悪いとも判じがたい。
 子どもたちの笑い声が響いていた。孤児院の庭には、雑草みたいなデタラメな花が咲き乱れている。

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