ジャンル:スタミュ お題:希望の出会い 制限時間:1時間 読者:87 人 文字数:2744字 お気に入り:0人

王子様を待つひとへ

 空を見上げれば美しい青が広がっていて、鳥が歌を歌い、花は恥じらいながらも雫を飾らせて咲いている。
 革靴の底が雨上がりの石畳を叩く音がメロディーになり、そのとき、世界と音楽を共有しているという高揚感に満たされる。

 誰かと出会うことが、こんなに素敵なことだなんて思っただろうか。

 例えば誰かと恋をしたりして、世界の色が変わるとか、なにもかもが今までと違って美しく見えるなんてよく言うけれど、それは誰かが世界を楽しいものに見せかけるために大げさに言ってるだけなんだろうな、と思ったりすることもあった。実際はみんな色のついていない世界を見ていて、それを赤だ黄色だと口々に言い合って、慰めあっているだけなんじゃないかと。


 鳳樹にとって世界は、かつては、美しかった。

 だんだん、こんなものか、と思うことが増えていった。小さい頃は、鳥も花も風も歌っていたし、自然の中にあるものは全て、美しいメロディーを奏でていて、それが全部歌や音楽になって聞こえていた。色だって、十二色の色鉛筆では足りないくらい、色んな色に満ちていた。
 綺麗だね、と言うと、綺麗だね、と弟が言ってくれた。猫は歌わない。大人たちがそう言ったって、たしかに歌ったよね、と翼が言ってくれたから、大人たちが嘘つきなんだと胸を張って言えた。美しい世界を美しいと言って、歌って、踊ることが、許される世界だった。


 鳳樹が唯一心を分かち合えた兄弟を手放したことは、誰にも言っちゃいけない秘密だった。

 いなくなった日、一人分広くなった家の中を見て、もう、寂しいなんて言って親を困らせるような歳じゃないと思って我慢した。実際は、我慢すればするほど虫歯みたいにどんどんひどくなって、それしか考えられなくなって、でも歯医者に行くとも今更言い出せなくなって苦しむだけみたいな、そんな心地だった。
 弟のことを考えると、鳳樹は寂しいなんて言える立場ではなかった。翼が自分と同じかそれ以上に寂しがり屋なのは今までの経験からよく知っていたから、きっと翼のほうが寂しがっているはずで、ましてや、家も両親も手放しちゃいない自分が寂しいなんて言っちゃいけないものなんだと思った。弟がいなくなって一人っ子になっても、兄は兄なのだ。

 月の出ない星ばっかりの夜は、この世界のどこかで寂しいと泣きながら眠っているだろう弟に、聞こえる? 寂しくないよ、一緒に話そう。なんて、テレパシーが飛ばないかなあと念じてみたりした。実際は、何の返事も返ってくるはずがなかった。

 鳳樹は世界で一人だけになってしまった。もう鳥の歌も聞こえないし、花は十二色の色鉛筆で事足りる世界だ。まちがって、「今、猫が歌ったね」なんて言っても、もう肯定してくれる人は身近にはいない。でも、遠く離れてしまった、弟と呼ぶことすら許されない弟だけが、二人の世界を共有してくれる。もうすぐ、もうすぐだ。弟と再び出会えることが、鳳にとっての唯一の希望だった。

 返事のない空に、時折心の中で語りかける。ねえ翼、今だって、世界は歌っているよね。空の色だって、二人には同じきれいな色に見えるよね。


 出会った弟がそうではないと知ったことが、鳳を、弟と二度別れたみたいな気持ちにさせた。出会ったことで別れたなんて、意味がわからないけれど、本当にそういう意味のわからない体験をした。それくらい、驚いた。
 高校になって彼と再会するまでは、別れたって言っても、また出会えば同じ世界を楽しめるなんて思っていた。出会ったら教えてあげようと思っていたこともいっぱいあった。あの猫、お嫁さんを貰ったって知ってる? 好きだった公園、もう今は空地になっちゃったよ。ミュージカル映画を一緒に見て、真似をしてできないって言ってたダンス、出来るようになった? 俺はなったよ。
 そういうものが、全部ひっくり返ってしまった。翼……いや、柊はもう、鳳と見た空の色をすっかり忘れてしまっていた。


 柊と同じチームに選ばれた。選んでくれた月皇先輩は、ものすごく歌もダンスもできて、なんでもよく分かっていて、本当に二つ上とは信じがたいような魔法使いみたいなひとだ。チームメイトも個性的で、面白い子ばかりだ。
 一緒に歌やダンスをすることで柊にもう一度空の色を教えてやることが、鳳の次の使命になった。

 へこんではいられない。猫の話や公園の話が鳳の胸の内でせっついて、大渋滞を起こしていた。早く教えてやらなくちゃ。言いたいことが、いっぱいあるんだよ。早くしないと……そればっかりが、詰まっちゃって、苦しい。もうすぐ、息もできなくなりそうだ。


 柊はかたくなで、思いの外何もかも上手くいかなかった。結局どうすることもできなくて、そのままタイムリミットが来た。
 息ができなくなって、どうしたらいいか分からなくなって、鳳は月皇先輩に相談した。これじゃもう、しんじゃいます、なんて。そんなふうには言えなかったけれど、チームを抜けます、と言っただけで、なぜか月皇先輩には伝わったようだった。


 あーあ。ついに、ひとりぼっちになっちゃったなあ。

 雨の中、その日はどこもかしこも雲に覆われて真っ暗で同じ色をしていて、自分の目にも美しい世界が見えなくなってしまったのか、それとも、元々世界はこういうふうだったのか、もう分からないような状態だった。
 打ち捨てられたようにそこにある、野外劇場は誰もいなかった。まるで、俺みたいだ。鳳は思った。

 あるのに、ないみたいに忘れ去られた劇場。あるのに、ないみたいに誰にも伝わらない気持ち。どこにも行き場をなくして、何かを探すように彷徨う自分。俺はしんだのかなあ。誰にも見えない、感じてもらえない、それってまるで、幽霊みたいだ。ここにいるなんて、きっと誰も知らない。踊っていることも、生きていることも、見えていないし、誰にも伝わらない。俺は、生きている意味があるのかなあ。

 顔に身体に雨がどんどん降り続いて、衣服がぐっしょりと濡れて重くなる。どんどん足を取られそうになって、負けるものかと、ローファーのつま先で踏ん張る。そして、強く蹴る。もっと高く。もっと遠くへ。


 もうすぐ、もうすぐだよ。いま、いくからね。

 そのとき、誰かの声が聞こえた気がした。
 もうすぐなんて言うくらいなら、今すぐここに来てくれよ。誰か俺を、迎えに来てくれ。
 そう、冷たい雨を降らせる空に吐き捨てるように心の中で言った。


 ……まさか、本当に、迎えに来てくれるなんて。

 やがて出会った五人の教え子たちが、鳳樹の世界に再び色を付けることになろうとは、誰が知っていただろう。

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