ジャンル:おそチョロ お題:怪しい夜中 制限時間:2時間 読者:61 人 文字数:3447字 お気に入り:0人
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月だって知らない


普段夜中に目を覚まさない俺がぱっちりとまぶたを開けたのは、なにか意味があるのだろうか。別に尿意を催したけでもヤニをすいたくなった訳でもない。ただ本当にふいに、寝汚い俺がパッチリと。陰謀すら感じて辺りを見渡してしまった。

「……あぇ?」

ぱちぱち。目を瞬かせる。隣と1個飛ばして隣にいる弟がいない。なんだなんだ、俺を置いて仲良く連れションか? ハブられた気がしてむっとする。あんな狭いトイレ、3人で行ったってしょーもないのは分かってるんだけどさ。今からでも遅くないだろうか、なんて考えながらそっと布団を抜け出す。
古い家はそろそろ寿命なのだろうか。どんなに足を忍ばせてもぎしぎしと音が鳴る。しかし伊達に生まれてからの付き合いではない、1番音がなりにくい歩き方は心得ている。脅かしてやろうと笑った。俺をはぶいたあいつら2人が悪い。さて、どう脅かしてやろうか。ニシシと笑いが漏れた。

「……あっれ」

さっきも出したような声がまた出た。無事トイレの前までたどり着いたのにあいつらはいない。すれ違った覚えもなく、ただただ首をかしげた。おかしいな。
どんなに首をかしげてもいないものは仕方が無い。起き損かよ、ちぇっと舌打ちをして踵を返した。せめて水でも1杯飲むとするか。ぺたぺた、ぎしぎしと静かな家に響く。

「ん……?」

ぴたり。足を止めた。どこからか話し声が聞こえる。居間の方からだろうか、足は考えるまもなくそちらに向かった。どうせ台所もそっちだ。

「……、……〜〜、」
「………! ………」

話し声はふたり分だ。もしかして次男と三男だろうか。そりゃあすれ違わないわけだ。一体何を話しているのか知らないが、おおかた大したことはないだろう。だってあのふたりだし。イタイのとライジングしてるの。俺はこっそり聞き耳を立てた。

「〜〜だよ?」

チョロ松の声だ。間違いない。だけれど何故だろう、覇気がなかった。いつものような凛と張った声とは大違いだ。何か落ち込むようなことがあったのだろうか。レイカ関連か。

「ずっとずっと待ってるのに」
「チョロ松……」

チョロ松の名を呼ぶカラ松の声。

「おかしいだろ? お前はちゃんと覚えてるのに」
「そりゃあそうだが、あの3人は覚えてないんだろう?」
「いいんだよあの3人は」

3人? 覚えてるって、なんだろう。疑問は募るばかりだ。少なくともカラ松は覚えているらしい。レイカの名前かな。

「何故?」
「……覚えてない方がいいことだってあるだろ」
「まぁ、そうだな」
「俺だってさ、あいつが覚えてないって知ってたら思い出したくなんてなかったよ」

4人目が出てきた。あいつ? そしてカラ松だけでなくチョロ松も覚えているんだとか。なんだなんだ、俺に隠し事か。この長男様を放っておいて! 激おこプンプン丸だぞ……って古いか。よぅし、最後まで聞いて弱み握ってやろ! にんまり笑ってまたふたりの会話に聞き耳を立てる。

「……チョロ松、一体何度この話を繰り返すんだ。もともとリスクは承知の上だったろう?」
「………そうだけど」
「主の御言葉を忘れた訳じゃあないだろう、お前ともあろうものが」
「…………ばっちり覚えてる。悲しいくらいにね」
「なら、」
「でもしんどいよ」

チョロ松の声が震えた。かっと怒りがこみ上げる。おいカラ松、何泣かせてんだよ。このまま乗り込んでやろうかと思ったその時だ。

「好きな人が、覚えていてくれてないって……しんどいよ」

震えた声でチョロ松は言った。その言葉に頭が真っ白になる。好きな人? チョロ松お前、好きな人って言った?
トト子ちゃんのことだろうか。俺たちの好きな人といえばトト子ちゃんだ。だけど彼女が俺たちのことを忘れるなんてことは神に誓ってありえない。俺たちの見分けがつくレベルだもの。とぼけた振りをして俺たちを振り回すような可愛い行動をとることがあっても、俺たちを根元から傷つけることはしない。それがトト子ちゃんだ。
じゃあ一体、気丈なチョロ松を傷つけたのは誰だ。それ以上に、どうして弱みを見せる相手がカラ松なんだ。普段あれだけ絡んで下に見ている相手なのに。

「チョロ松……」
「俺ばっかりが覚えてる」
「……」
「あいつは何も知らない」
「……ちょろ、」
「知らないまま……一緒にいる」

もう20年以上、と小さくチョロ松はこぼした。20年以上。つまり俺達が生まれた時から? だとしたら相手は兄弟の中の誰かだ。カラ松じゃないのは確か。だってあいつは覚えているらしいから。となると俺を入れた残り4人?

「ねぇ、これが罰なの?」
「………」
「僕はただ、神に与えられた使命を全うしていただけじゃないか」
「チョロ松」
「『愛』を与えていたのに、貰うのはダメだったって言うの?」
「チョロ松!」

カラ松の語気が強まった。感情が高ぶっていたらしいチョロ松がはっと我に返ったのが襖越しでもわかる。ごめん、チョロ松が呟いた。

「いくらお前でも主を侮辱するような言葉は許さんぞ」
「……ん、ごめん」
「もちろん、お前の気持ちもわかるが、」
「いや、うん。ほんとごめん。……ちょっと気を貼りすぎて疲れてたのかも」
「……大丈夫か?」
「大丈夫じゃないよ。ずっとね」

また覇気のない、諦めたような声に戻る。
神? 使命? ニートに似つかわしくない言葉が俺の頭の中をぐるぐる回る。カラ松は神、とかよく言っていたがいつもの様子とは違って聞こえた。一体こいつらはなんの話をしているんだ。恐ろしさすら感じてズリ、とほんの少し足を引いた。

「……思い出してくれないのかな」
「どう、だろうな」
「お前は思い出してくれたのにね」
「……どうして俺だったんだろうな」
「さぁ……やっぱり、神の声を聞くのがお前の変わらない指名なんじゃない?」
「………だとしたら、」

世界は残酷だな。静かな静かなカラ松の低い声が、静かな夜に落ちた。
ズリ、ズリ。足がどんどん襖から離れる。まだ聞いていようと思ったのに、体が拒否している。
俺はあの中には入れないのだと、頭のどこかで察してしまったのかもしれない。ふたりで作られた世界。間違いなく、俺は部外者だった。俺だけじゃない。たぶん一松も、十四松も、トド松も。あのふたり以外はみんな。
いつからそうなったんだろう。階段を駆け上がり飛び込み戻った布団の中で考える。内緒話はいっつも俺とだっただろ?

頭が痛い。ぎゅうっと胸元をパジャマごと握りこんだ。皺がよる。

「きゅってするわ……」

へへ、と笑った声が震えていたのはきっと水が飲めなかったからだ。いつまでそうしていたのだろう、遠くからぺた、ぺた、と音がする。2人が戻ってきたようだった。カラ松とチョロ松は特になにか言葉を交わすことなく定位置に戻っていく。もそもそ。チョロ松が隣に潜り込んできた。俺は一切動かず静かに呼吸を繰り返した。そんなに時間もかからないうちにすぅ、すぅと隣から寝息が聞こえた。そっとまぶたを持ち上げ見やる。
月が明るい夜だった。窓から仄かな光が差し込む。ニートらしい日にあまりやけていない肌がぼうっと照らされていた。
瓜2つどころか6つなのにいつしか相手のことなんてこれっぽっちも分からなくなってしまっていた。
それどころか関係まで変わっていたなんてこれっぽっちも気づかなかった。チョロ松の震えた声が頭から離れない。

「……なんで俺じゃないの?」

ぽつり、月明かりに呟きを溶かした。大人しく目を瞑り、もそもそ布団に潜り込む。あーあ、なんて起きちゃったんだろ。

『覚えていない方がいいこともあるだろ』

うん、確かにそうだわ。聞いたばっかりの言葉が耳元で流れた。今日聞いたこと、全部忘れたい。なんでこんなに自分が戸惑ってるのかわからないけど、全部全部忘れられたらいいなって思うよ。
チョロ松が抱えることも、カラ松が知っていることも、俺に芽生えてしまったものも。どれも本人達にしか分からないし、下手したら本人達もわからない。月だって知らない。
すぅ。悲しい気持ちのまま俺も眠りに落ちた。全部夢だったらいいな。

何かが変わってしまった夜は、更けていく。

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