ジャンル:テニスの王子様 お題:光の霧 制限時間:1時間 読者:135 人 文字数:2423字 お気に入り:0人
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光はすぐそばに



光の霧



3年生の修学旅行は、在校生が最も楽しみにしている行事だと言っても過言ではないだろう。
氷帝学園の修学旅行は3年次の9月に行われ、行き先はヨーロッパ、オーストラリア、アジアの中から選択できるようになっている。
氷帝学園生徒会副会長こと柊真知は、特に希望する行き先はなかったためクラスの中で気があう友人らに合わせ、ヨーロッパ観光コースを選択した。
最も人気が高く、選択人数が多いヨーロッパ観光コースでは、修学旅行ということで気が緩む生徒や、過剰に羽目を外してしまう生徒も多くいる。それらをいちいち注意して周っていたため、彼女自身の観光は実はあまりできていなかったのだった。

ふと目が醒める。消灯時間が過ぎ、目を瞑るも眠れずに何度も寝返りしていたがいつの間にか寝ていたようだ、身を起こした。
ベッドサイドに置かれた腕時計を手に取る。AM4時。
起床時間には随分早い時間だった。カーテンの隙間からは、うっすらと青っぽい光が滲んでいる。
同室の友人はまだみんなぐっすりと眠っているようだ。
真知は少し神経質なところがあった。枕が変わると眠れないタイプで、かつ遠足の前の日は眠れなくなるタイプである。
もう寝付けないだろうな、と早々に諦めた真知は、ベッドサイドに手を伸ばし、音を立てないようにそっと眼鏡を取った。
手櫛で軽く髪を整え、寝間着の上にカーディガンを羽織る。
さっと身支度を済ませた真知は、足を忍ばせながら部屋を出て、耳が痛くなるほど静まり返った廊下に出た。
部屋にいたら友人を起こしてしまうかもしれないし、探索ついでに少し散歩でもしようという気分になったのだ。
ぐっと背を伸ばし、ほんのり涼しい空気で肺を満たす。廊下の空気はひんやりしているが、寒く感じるほどではない。
ここは海外。人気のない場所は危険なので本来なら一人で歩き回ってはならないのだが、ここは別だろう。
さすが氷帝学園ともいうべきか、2泊するこのホテルは、とても中学生が修学旅行で泊まるようなランクではない宿泊施設だった。贅を尽くした造り、美しい装飾、質の高い料理、徹底されたサービスと、宿泊施設に必要なものは全て最上級のものを用意されていると言っても過言ではない贅沢っぷりであった。
そもそも怪しい人は泊まれないレベルの宿泊施設だし、定期的に守衛が見回っている。
真知は運営側としてそれを承知していたため、堂々と部屋を出て歩き回っているのだった。

ぺたぺたとスリッパの軽い音を立てながら歩いて行く。氷帝生たちの部屋がある区画を抜け、エントランスを通る。
ひんやりとした空気の中散歩するのは気持ちがいいし、このホテルはどこを見ても美しいので、何分歩いても飽きがこない。
すると、なんだか大きな窓が視界いっぱいに映り込んできた。
気づけば真知は中庭付近のラウンジに来ていた。
ティーテーブルがいくつか置かれた空間を抜けて窓際に近づく。外は霧が立ち込めており、その先を見ることは叶わなかった。

冷えた窓ガラスにそっと手のひらを付けて、真知はほうとため息を吐いた。
中庭は噴水やバラのアーチがあったはずだが、これだと外に出るのも危なそうだな。
とは思うもののやはり中庭の美しさを目の当たりにしたいという欲が消えず、真知はなんとなく窓際に最も近い椅子に腰かけた。

「晴れないかなぁ…」

肘をつき、手のひらに顎を乗せながら呟く。

「この霧じゃ、朝のうちは無理だろうな」

まさか返事があると思いもしなかった真知は、びくりと体を跳ねさせながら振り向いた。
そこには、腕を組み、窓の外を見据える跡部がいた。

「か、会長…?!」

寝起きというのもあり、驚いて少しかすれた声で尋ねる。アイスブルーの瞳でしっかりとこちらを見やった跡部は、ふむと頷いた。

「おはよう柊。寝付けなかったか?」

「おはようございます会長。まあ、そんなところです」

最初こそ狼狽した態度の真知だったが、すぐに落ち着きを取り戻し返答する。

「今日は本格的に観光地へ行く日程だろ。寝ないと辛いぞ」

早朝だからか、いつもよりも低く、落ち着いた声が頭上から降ってくる。声を張らないだけでこんなにも優しげに聞こえるものなのか、と真知は内心驚いた。

「分かってはいますが…」

腕時計は4:35を示していた。定められた起床時間にはまだ後2時間ほどある。二度寝するには十分な時間だと言えるだろう。
しかし、なんとなくまた昨夜のように寝付けず何度も寝返りする羽目になるだろうことを真知は予期していた。

「柊は繊細だからな。旅行、苦手だろ」

殊更新しい環境がストレスになるタイプだ、と跡部は付け加えた。
図星だった真知はそれに苦笑で応える。

「霧、深いですね」

「ああ、まあロンドンの早朝は大概こんなもんだな」

かつてロンドンに住んでいたという跡部は、さらりと言った。住んでいた人間、というよりはもはや現地の人の言葉のように真知は感じた。
いつの間にか真知が座る椅子の横に立っていた跡部は、相変わらずまっすぐ窓の外を見据えている。
そんな跡部を見上げた真知は、なんだか胸騒ぎを覚えた。

「会長は…」

「ああん?」

「…いえ、なんでもありません」

進路について、真知は会長たる跡部と何か言葉を交わしたことがなかった。
跡部の親の実家がこちらにあることも、テニスの本場がロンドンであることも知っている真知は、この立ち込める霧が、跡部を連れ去り閉じ込める霧のように思えた。

跡部がフッと笑う。
空気の振動を感じた真知は、再び跡部を見上げた。

「安心しろ。お前の中に、俺はずっといる。そうだろ?」

目を合わせた跡部がにっと笑ってそう言ったのほぼ同時に、霧の中で一筋の光がチカチカと真知の目元を照らした。
見た目ほどその一筋の光を見逃さないよう、真知はじっと窓の外を見つめるのだった。

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