ジャンル:テニスの王子様 お題:平和と神話 制限時間:30分 読者:16 人 文字数:2651字 お気に入り:0人

それは最も必要のない駄作汁(乾海) 完

※乾海、お題「とてつもない駄作」



 乾特製スペシャルドリンク――通称『乾汁』。
 一部の特殊な味覚を持つ人物を除いて、乾汁を知る大多数の者は苦手意識、ひいては恐怖心を抱いている。
 無論、俺もそのうちのひとりだ。
 乾先輩のことは尊敬しているし、大変な努力家ですごい人だとは思っているが、あの汁だけは受け入れることができない。
 そんな俺の胸中を知らないのか、それとも知っていてやっているのかはわからないが、先輩は最新の汁ができると真っ先に俺のところへ持ってきて飲ませようとしてくる。
 トレーニング後に飲むと効果が倍増する汁だとか、寝る前に飲むと筋力増強に繋がる汁、走り込み中の給水代わりに使うと栄養補給ができる汁……効果だけ聞くと魅力的なのだが、何せ見た目が悪いし味も悪い。飲めたものではない。
 どれだけ凶悪なドリンクであろうとおそらく好意で作ってきてくれているのだろうから、それを無下にするようで心苦しい気持ちはあったが、俺は汁を渡されるたびにすべて断っていた。それでも何度でも作ってくる先輩も先輩なのだが。
「お疲れ、海堂。さあ、乾汁特別バージョンの時間だよ」
 ローテーションである部活後のランニングを終えた俺に、乾先輩は楽しそうに声をかけてきた。手元を見ると、蛍光ピンクの液体が入ったグラスが両手にひとつずつ握られている。見た瞬間、まかり間違っても絶対に飲んではいけない色だと本能が告げた。間髪入れずに断りの言葉を口にする。
「……飲みませんよ」
「まあ、そう言わずに。こう見えて今日の汁は飲みやすい味にしてある。それを証明するために俺の分も持ってきたんだ」
 そう言うと、乾先輩は右手に持っていたグラスを口元に持っていき、体内へと流し込んだ。蛍光色の液体が人体に入っていく様子を見るのはなんだか怖い。だが、先輩はそのままするすると得体の知れない汁を喉の奥へと送り込み、グラスを空にしてみせた。表情もいたって普通だ。見た目の異常さに反して、本当に味は悪くないらしい。
 乾先輩がもう片方のグラスを俺に差し出してくる。受け取ることはせず、とりあえずにおいをかいでみる。たまにとんでもない刺激臭がするものがあったりするのだがそんなことはなく、少し甘い香りがする程度だった。
 鼻を近づけていたグラスから顔を離し、ちらりと乾先輩を見上げる。先輩はただグラスを差し出し、飲むように促してくるだけ。その様子に俺は違和感を覚えた。
「乾先輩、今日の汁はどういう効果があるものなんですか」
 尋ねてみると、乾先輩の表情に一瞬戸惑いのような、焦りのようなものが浮かんだ。ああ、うん、と曖昧な言葉が続いたあと、今日は飲んでからのお楽しみだよと告げられた。
 おかしい。いつもなら、聞いてもいないのにドリンクの効能を楽しげに勝手に話し始めるというのに。得体の知れない色の液体を体内に取り入れるだけでも恐ろしいのに、飲んだあとに何が起きるのかわからないまま飲めるわけがない。
 言わねえと飲まねえぞ、という意味を込めて、そのまま乾先輩を睨むように見続ける。そのまま無言の押し問答が続いたが、やがて先輩のほうが折れたのか大きなため息をついた。
「やっぱり飲んでくれないか……」
 がっくりと肩を落とし落ち込む乾先輩に、なんだか自分が悪いことをしてしまったような気持ちになる。
「いや……飲める味なのはわかったんスけど、飲んでどうなるのかがわからないとこの色は飲めないんで……。教えてくれれば考えるんスけど」
 精一杯の譲歩の気持ちを持ってそう言うと、先輩はゆるゆると首を振った。
「効能を知ったら、おまえがこの汁を飲んでくれなくなる確率100%……」
 それを聞いてぞっとする。この人マジで何を飲ませようとしているんだ。
 しかし乾先輩自身、俺に飲ませようとしているものと同じ汁を飲んだのだから人体に害が及ぶようなものではないのだろう。だとしたらその効能とやらは何なのか。飲む飲まないは別として、そこまで隠されると気になってくるのが人の性だ。
「どうしても言えないんですか?」
「きっとおまえは怒るよ。……いや、怒るくらいならまだいいが、気持ち悪いと思うかもしれないし、怖いと感じるかもしれない」
「怒らないし気持ち悪いとも怖いとも思わないっスから、教えてください」
 正直もうすでに恐怖心は抱いていたが、そんなものよりも好奇心が勝ってしまう。
 先輩は迷っているのかしばらく黙っていたが、諦めたように静かに口を開いた。
「……恋」
「…………コイ?」
「このドリンクを飲んだもの同士は、恋に落ちる」
 いわゆる惚れ薬みたいなものだ、と説明する先輩の声が遠くに聞こえる。
 乾先輩はこの汁を飲んだ。そして、今度はそれを俺に飲ませようとした。
 つまり。
「こういうことは正攻法でいくべきだと思うし、よくない手段だとは思ったんだが。……すまない」
 大きな身体を小さくし、こうべを垂れている乾先輩は気まずそうにしている。
 こういうとき、何と言葉をかけるのが正解なのか。どういう行動を取るべきなのか。
 上手く働かない頭では模範解答など見つからなかったけれど。
 液体が入っているグラスを先輩の大きな手から抜き取ると、俺はそれをじっと見つめたあと、地面に向けて傾けた。主張の激しい色のそれは土へと吸い込まれ、その場を濡らす。
 乾先輩のほうをみると、あからさまに傷ついた顔をしていた。土の中へと消えていった汁を追うように、濡れた部分を指先で触っている。
「うん、そうだ。そうだよな。おまえの反応は正しいよ、海堂」
 俺に罪悪感を抱かせないように、自分自身を慰めるように。おまえは悪くないよ、と乾先輩は繰り返す。
 ざり、ざり、と湿る土を撫でるように掘る先輩を止めたくて、俺はその手を握った。
 乾先輩の正面に回り込んで、土で汚れた両手を俺の手で包むと、驚きと切なさをはらんだ瞳で見つめられる。
「そんなふうに気を遣わなくていい。言っただろう? 知ったらおまえは怒るし、気持ち悪いと感じるだろうし、恐怖心も抱くかもしれないと」
「そうじゃねえ」
 並べ立てられる言葉をさえぎり、俺はさらに強くその手を握る。
「あんなもん飲まなくても、俺は……」
 俺は、とっくに。あんたのことが。


 先輩が作る汁はたいていがろくなものではない。
 けれど、ここまで駄作だと思ったは初めてだった。



20180705

同じジャンルの似た条件の即興二次小説


ユーザーアイコン
作者: ジャンル:テニスの王子様 お題:興奮した君 制限時間:30分 読者:58 人 文字数:1285字 お気に入り:0人
「ふーん、やるじゃん」 そう言って、越前はラケットを左手に持ち替えた。この瞬間が一番ぞくぞくする。プロのテニスプレイヤーを本気にさせたことの証明だから。まだ夏本 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:秋月蓮華 ジャンル:テニスの王子様 お題:打算的な食事 制限時間:30分 読者:121 人 文字数:464字 お気に入り:0人
(U-17合宿にて)【作りたくなったから】「こう、合宿所の食事は味が濃くてなぁ……」「自分で調整すると楽って奴ですか。寮は平均で作ってるんですよ」U-17合宿所 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:秋月蓮華 ジャンル:テニスの王子様 お題:黒いアレ 制限時間:30分 読者:125 人 文字数:1430字 お気に入り:0人
(オリキャラ居るよー)【忍足侑士と幽霊とのあれやこれ】U-17の合宿所にて忍足侑士は散歩をしていた。片手には雑誌を持っている。この雑誌はU-17の施設にあったも 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:零緒 ジャンル:テニスの王子様 お題:潔白な宿命 制限時間:30分 読者:173 人 文字数:726字 お気に入り:0人
俺の、宿命。それは、汚い手を使わずに彼を護ることだけ__けれども、俺は抱いてはいけない感情を、彼に抱いてしまった。「謙也さん、おはようございます。」いつものよう 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:零緒 ジャンル:テニスの王子様 お題:来年の姫君 制限時間:30分 読者:211 人 文字数:1201字 お気に入り:0人
静かな放課後の教室。そっと覗いてみると、一人だけ、座っている人がいた。「財前。」優しく声を掛けると、顔を上げる少年。財前光。俺の後輩であり、ダブルスのペアであり 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:ヨシノ ジャンル:テニスの王子様 お題:今の幻覚 制限時間:30分 読者:296 人 文字数:544字 お気に入り:0人
※喜多室 この室町は幻覚かもしれない。 胸の中でだけで呟いたつもりが口に出ていたらしく、「やめるぞ」という声が聞こえてきて慌てて制止する。「やだやだ、やめないで 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:ぴょんぽん ジャンル:テニスの王子様 お題:素人の小説上達法 制限時間:30分 読者:346 人 文字数:1266字 お気に入り:0人
「あー……」ざんざん降りの外の様子を家路へと急ぐ生徒の声で騒がしい教室の窓から眺める彼は、口から呻きとともに大きなため息を漏らした。雨は嫌いだ。少しの雨なら多少 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:ぴょんぽん ジャンル:テニスの王子様 お題:許されざる消費者金融 制限時間:30分 読者:246 人 文字数:1295字 お気に入り:0人
消費者金融「山吹」の朝は早い。とはいっても、構成員が構成員なだけに人が集まりだすのはせいぜい昼過ぎなのだが、それに異議を申し立てるとそいつは知らず知らずのうちに 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:秋月蓮華 ジャンル:テニスの王子様 お題:小さなお茶 制限時間:30分 読者:363 人 文字数:812字 お気に入り:0人
(オリキャラ居ます)【君島従兄妹のある日】「いーくーとーあーそーぼー」オートロック式のマンションで午後四時辺り、わたし、君島玲愛は従兄弟を呼ぶ。従兄の君島育斗は 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:秋月蓮華 ジャンル:テニスの王子様 お題:重いうどん 制限時間:30分 読者:431 人 文字数:1552字 お気に入り:0人
【夏前のこと】聖ルドルフ学院中等部には寮がある。主にスポーツ特待生が使っている寮だが、寮に所属をしている聖ルドルフ学院三年、男子テニス部所属の観月はじめは苦しん 〈続きを読む〉

ハッピー野郎木偶捨て駒の即興 二次小説


ユーザーアイコン
作者:ハッピー野郎木偶捨て駒 ジャンル:テニスの王子様 お題:平和と神話 制限時間:30分 読者:16 人 文字数:2651字 お気に入り:0人
※乾海、お題「とてつもない駄作」 乾特製スペシャルドリンク――通称『乾汁』。 一部の特殊な味覚を持つ人物を除いて、乾汁を知る大多数の者は苦手意識、ひいては恐怖心 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:ハッピー野郎木偶捨て駒 ジャンル:テニスの王子様 お題:男同士の花 制限時間:30分 読者:121 人 文字数:686字 お気に入り:0人
※ジロひよ 芥川さんはたんぽぽのような人だ。 こうして春のあたたかな日を浴びて、草間に紛れるように眠っている姿を見ると特にそう感じる。周りに咲いているたんぽぽも 〈続きを読む〉