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溶けた空気の行場



黒子テツヤが消えた。

それは昔からよくある些細なニュースの筈だった。非常に影が薄い彼はミスディレクションを身につけてから、より存在の希薄さが増した。そのせいで、ひとたび目を離せば……目を離さなくても、彼はよく消える。
しかし、今回ばかりは些細な話では済まされなかった。
密やかで輝かしい高校バスケ部での栄光を捨て、大学を恙無く卒業して、いつの間にか受賞していた文学賞で得た伝から彼は作家になった。そうして、一般社会から一つ壁を作ってしまった彼は、いつの間にか存在を忘れられてしまっていた。
ペンネームはたまに書店の新刊コーナーで見かけるが、それだけだった。
たまたま、彼の相棒だった火神大我が彼の存在を思い出して電話を掛けたことが、黒子テツヤの失踪を知る切欠となった。

電話番号が存在しないことを伝える単調な音だった。

火神はすぐにそれに思い当たらず、日を置いて何日も何日も電話を掛けた。しかし、単調な音は当然変わらない。
焦れた彼が、昨年の年賀状の送り元を頼りに小さなアパートのチャイムを鳴らすと、そこには平々凡々な眼鏡の学生が住んでいた。
黒子は、と彼が尋ねると学生は半年前に引っ越してきてから、自分は一人暮らしだと答えた。

そうして、黒子テツヤは消えてしまった。







のぅそり、と彼が布団から起きた。
やっと見慣れたばかりの天井と、少しだけ質の良い掛布団の心地を味わって、また布団に篭ろうとしたら近くにいた男に軽く額を叩かれた。
「痛いじゃないですか」
彼が男に不満を言うと、男はにんまりとチェシャーの猫のように悪戯げに笑った。
男からふうわりと珈琲の香りがした。気分よく男が踵を返して台所に向かうのを見て、彼はベッドのすぐ近くにある机の上にあった乱雑な走り書きだらけの紙束と安物のノートパソコンを一纏めにした。
黒子テツヤ様と宛名が書かれた小包を開いて、彼……黒子テツヤは少し前に出版社に提出した原稿が綺麗な文庫本に変わったことを知る。後で編集に連絡をしなければと思いながらそれも適当に纏めたアイディア出しの紙束の上に重ねてしまった。
そうして、ほうと息をつく。唯一、彼を見つけてくれる男が嫌がらせに甘くもない珈琲を届けに来るだろうと思ったからだ。
人間として見つけてもらえる心地良さを知ってしまえば嫌がらせなんて幸福に感じてしまった。

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