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きみが死んだら?(仮) ※未完

「自殺した?」
 静かな相談所内に、霊幻の声が響いた。
 受付に座っているモブは、読んでいた漫画(霊幻に借りているもので、最強無敵のヒーローが主人公のバトル漫画だ)からふっと顔を上げると、依頼人の方を見た。「ええ、そうです」彼は俯いて、じっと床を見つめていた。
「先月、知人が首を吊って……それで、それからおかしいことが続いている」
 自殺、と聞くと突拍子も無いような言葉に思えるが、日頃「霊能力者」という職業に身を置く霊幻にとっては、さほど驚くようなことでもなかった。
 しかし、あまり良い気分はしない。お悔やみ申し上げます、と頭を下げると、依頼人は目を細めた。
 ――苦しんだ末に最悪の決断をして、悪霊になってしまった霊というのは、モブでさえ何人か見たことがあった。
 しかしその言葉を聞いた時、やり場の無い、途方もなく悲しい気持ちに駆られることに慣れはしない。
 モブは漫画を閉じると、依頼人の話にそっと耳を傾けることにした。
「それで、知人というのは?」と霊幻が聞くと、依頼人はぽつりぽつりと、一言ずつ何かを吐き出すように喋り始めた。
「……会社の、同僚で、大変優秀な人でした」
 霊幻はメモパッドに依頼人の話をさらさら書いていくが、彼の顔から視線を下げることはない。
 しかし、依頼人はずっと俯いたままであった。
「先月大きな仕事を終えて、お祝いにって、二人で呑みに行ったんです」ひとつひとつ区切るようだった口調は、段々と調子を取り戻すように、滑らかになっていく。「お互い妻も居るし、まあほどほどにしておこうと、大分早い時間でお開きをすることにしました」
 霊幻は堰を切ったように喋り出す依頼人の様子を伺って、大丈夫ですか、と声をかけた。依頼人はあまり気にしていないように頷いた。「あまり無理はしなくて良いので」と、まるで自分に言い聞かせるような言葉も発した。……霊障もあるのかもしれないが、霊幻の経験では、このような場合の依頼は、精神的ダメージの方が大きな問題になる。慎重にいかなければいけない、と気構える霊幻に対し、依頼人は淡々と話し続けた。「会計の前に、トイレに行ってくると言うんです」
「だから、私は席に着いたまま待っていました。ところが、一向に帰ってくる気配はない。酔っ払っていた私は、男子トイレのドアをめちゃくちゃに叩いた後、もう帰るぞ、と上から覗き込みました」
 息を思い切り吸い込んだかと思うと、依頼人は黙りこくり、唇を噛み締めた。霊幻は「話してくれてありがとうございます」とだけ言うと、やわらかに笑った。
「抱え込まず、話すことで楽になることもありますから」
 モブは客相手に霊能方面に話を繋げようとしない霊幻を不思議に思ったが、少し経って彼は慎重に事を進めようとしているのだということを理解すると、なんだか嬉しい気持ちになった。ありがとうございます、と依頼人は小さくお辞儀をした。
 霊幻はタイミングを見計らって、「おかしなことというのはなんでしょう」と笑いかけた。依頼人は深刻そうな顔で、おかしなことは私におこるのではないのです、と言った。
「……ふむ、すると、会社などで」
「妻、なのです」

 ○

 依頼人が自分の妻に起こった出来事を一通り語ると、霊幻は、とりあえず今日はこれで終わりにして、また後日改めて除霊をするということに決めた。話が終わると、少しすっきりした面持ちで彼が立ち上がる。そうして、相談所を出る前に、ぼそりと呟いた。「……あの、霊幻先生」
「はい、料金でしたら後払いで――」
「人は死んだらどこに行くのでしょう?」
 霊幻は少し固まった。もしや自殺のサインか、と彼の顔色を伺うが、どうもそういうわけでもなさそうだった。「私の知人がこの世に留まってるのは、未練があるからですね?」
「……私の、見解では」モブも、只ならぬ雰囲気に少しだけ緊張していた。そして、死んだらどこに行くか、という普遍的な疑問に、自分はまだ納得のいく答えを持っていないのだ、ということに気づいた。「未練が無くなれば成仏します」
「消えてなくなるということですか?」
「いえ、完全に消えるということはありません。新しい生物に生まれ変わる――輪廻転生です」
 霊幻はいつもの営業スマイルとは少し違う、はにかんだ顔で笑った。
「そうやって私たちは生きてきたし、これからも生きていくのです」
 モブはいつもと違う霊幻に少し戸惑ったが、依頼人が笑顔で相談所を出ていくのを見て、なんだか納得していた。

 ○

 足音が遠ざかっていくと、霊幻は「だぁっ!」と叫んで来客用のソファーに寝そべった。
「疲れた!」
 モブはそんな霊幻をどこかきらきらした目で見ていた。でも、口に出すことはしなかった。師匠は恥ずかしがるだろうな、と思ったからであった。
 どこからきたのか、エクボがにやついた笑みを浮かべて霊幻の周りを飛んでいた。
 霊幻は蚊を追い払うように手をひらひらさせるが、エクボはお構いなしだった。
「お前にも死生観ってやつがあるんだな」
 と、エクボはにやにや言った。
 霊幻はふてくされたようにソファーにうつ伏せになった。
 ……モブは、なんだかそんな光景も微笑ましいように思えた。そして、思い立った事を聞いた。
「本当なんですか?」
「あぁ?」
「りんね、てんしょー……」

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