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春のある日、特別な一日

遊矢は皺一つない制服に腕を通す。まだピンと張りの強いそれは今日から中学生としての生活が始まる象徴だ。
鏡で自分の姿を確認する。これからまだまだ背が高くなるのだから大きめの物を購入したせいか、手の先まで袖口がきていた。
「うーん、割と余っているな……まあこれから成長するし!」
つい一ヶ月前まで小学生だったのに、こうして学校の基準で決められた既製品を着るだけで一歩大人に近づいた気がする。
鏡に向かってにーっと笑ってみる。鏡の中のぶかぶかの制服を来た自分が笑いかけた。
その場でくるりと一回転してみる。鏡の向こうの自分も華麗にターンを決めた。

「柚子や権現坂が見たらどう言うかな」
自分の大切な幼馴染達も今頃同じように制服に身を包み、鏡に向かいはしゃいでいるのだろうか?
「権現坂は制服似合っていそうだな!と言うよりあいつランドセルが似合わなかったよな……」
模範、規律をそのまま人間にしたような他のどの同級生よりも大人びた彼の顔が思い出された。
「柚子はこまかーく自分の制服姿チェックしていそうだな。塾長がめちゃくちゃ写真撮っているかも」
舞網第二中学校の制服は白と赤を基調としたものだ。きっと柚子によく似合っているだろうな、と制服姿の彼女を遊矢は想像し目尻を下げた。
そして自分の一人娘に愛と熱血を注ぎまくっている、暑苦しいくらいエネルギーに満ちあふれた男の顔が浮かぶ。

「……父さんにも、俺の制服姿見て貰いたかったな」
父の遊勝は今も行方不明だ。遊矢の小学校の卒業式にも、ついに姿を現すことはなかった。
小学校の校門の前で撮った卒業記念写真は母の洋子とのツーショットだった。
写真は時として何よりも被写体の心境をあらわにすると言う。卒業証書を持った遊矢は笑ってはいるが、どこか悲しげだった。

ふと窓の外を見る。良く晴れて雲一つない。中学生としての生活をスタートさせるのにこれ以上ないほどの天気だった。
「遊矢ー、ご飯できているから早く降りてきな!入学式に遅刻するよ!」
母の声が下の階から響く。
「今行くよー、母さん!」
ご飯の言葉とほのかに漂う出来立てのパンケーキの香りを嗅ぎとり、遊矢は急に空腹感が強くなってきたのを感じた。
一刻も早く腹の虫を静め、制服姿の幼馴染達とともに舞網第二中学校に向かおう。そう考えた遊矢はひとまずリビングに向かうことにした。

まだ寒さが抜けきらない春のある一日。それは一人の少年にとっては替えのきかない記念すべき一日でもあった。

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