鍵が壊れた話 ※未完
確か、世間話の一環だったのだ。いつものように客のいない店内で、他愛のない会話をしていた。そんな時間も自分は結構好きだし、穏やかな時間という物は悪くない。そんな事を考えつつ、グラスを磨くミラとストックを確認して買い出しの必要な物を確認している最中だった。自分はそんなに器用な方じゃないけど、案外ものづくりは好きなんだと話していた時に言われたのだ。
「日曜大工とか?」
「うーん、そんな大層な物じゃないけどな。ちょっと買ってきた棚にペンキ塗ったりとか、ドアつけたりとかさ」
「へえ、私はそういうものづくりってやった事はないけど……あ、それじゃあ鍵ってつけられる?」
「え、鍵? まあ道具さえあれば……どこの鍵だ?」
この時、アンティークな鍵の付いた小箱とか鍵付きの日記帳とかそんなものを想像していた。確かに、女の子ってああいう小さい鍵みたいなのついたデザイン好きだよなあなんて考えながら。
「玄関のドア」
「は?」
「あ、ごめん。やっぱり業者に頼んだ方が良いよね」
「いやいやいや、ちょっと待って。ミラ。玄関の、鍵? なんで?」
「ええっと、昨日帰ったら壊れてて」
「どこの鍵が?」
「いま住んでいる家の、玄関のドア」
「はあ?!」
突然の大声にミラは驚いたようだ。それでもグラスは落とすことなく、戸棚へ仕舞われた。
「なんで壊れたんだ? 大丈夫なのか?」
「多分、空き巣? だと思うんだけど……昨日帰ったらドアに穴が空いてて。鍵とチェーンがある位置だったから、いま家のドアが閉まらなくて困ってるんだ。あ、服が少し無くなってただけであまり物は盗られてなかったんだけどね」
「困ってるって事は、そのドア……もしかして、まだそのままなのか?」
「うん」
「いや……え、それキリルとか警察に相談はしないのか?」
「ドアが壊れてるのは困ったけど、大したものが盗られた訳でもないし……ただ、ドアが勝手に空いてしまうのが困るなあって。お風呂上りに寒いから」
正直に言って頭を抱えた。年頃の女の子が、そんな意識で良いのかいや良くない。傍から見ていて、キリルも純粋で世間知らずな面があるが、その姉であるミラも相当だ。この天然姉妹……いや姉弟か。よくぞここまで無事に生きて来られたものだと感心する。
「じゃあ、今日もその家に帰るつもりか?」
「うん。家はそこしかないし」
「ああ、まあ、だよなぁ……」
こんな時、実の弟であるキリルに相談すれば部屋に泊めるくらいはするだろう。しかし彼はいま張り込み捜査中である。鍵は当然ながら家主である彼本人しか持っていない。現状部外者である彼女が張り込み場所まで行くことも不可能である。
「もう時間も遅いからホームセンターは明日にするとして……今日はうちに泊まらないか?」
「デリックさんの家?」
「ミラさえ良ければだけど……流石にそんな防犯が皆無な家に帰すっていうのは、元刑事としてちょっと見過ごせないからさ」
「私は助かるけど、でもそんなに困ってないよ? 寒いっていっても、すぐに服を着れば解決するし……」
つまりバスルームから玄関が直通なのか。ひとり暮らし用のアパートとしては普通だが、押し入り強盗等の犯罪者に狙われがちでもある。鍵を壊したのは強盗目的だったのか、ミラ本人が目的なのか分からない以上何としてでも説得する必要があるだろう。
「俺の事が嫌な訳ではないんだな?」
「ええと、うん」
「じゃあ、決まりだな。明日は店を休みにして、ホームセンターへ行こう」
首を傾げるミラを見下ろし、この子の身の安全は自分にかかっているのだと決意を新たにした。
同じジャンルの似た条件の即興二次小説
見つかりませんでした。