ジャンル:ワールドトリガー お題:私の螺旋 制限時間:30分 読者:60 人 文字数:1706字 お気に入り:0人
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誕生日には、町いちばんのケーキ

 扉を押し開ける。開発部のラボに一番近い、ミーティングルームの隣の喫煙所は屋外へ出たところへベニヤ板とトタンの急造で、隙間風がひどいので冬はあまり人がいない。寒ささえ凌げれば、けっこう穴場だ。やっと世界が明るくなった朝八時なんかは、とくに煙草が吸いたくなる。眠気でしょぼつく目を擦りながら煙を吸いこむと、指先で挟んでいる火に意識がすっと収斂していく。日差しがあっても、こんな冬の日はずいぶん冷え込む。けっこう盆地みたいな地形のこの街は、夏は暑くて冬は寒い。雪はそれほど降ることはないが、除雪機を扱える職員もいる。暖冬だと聞いている。それだって、例年と比較してとかいう但し書きがついていて、冬が寒くなくなったわけじゃない。生身の手の甲がすぐに冷えて、血管が縮こまるのが分かる。内履きのままの足裏でじゃりっと砂が鳴る。見上げた天井もけっこうヤニで汚れて、まあ、だからベニヤとトタンで適当に作ったんだよなあ、と汚れやすい部分だけベニヤを入れ替えればいい造りにした人間のことを考える。頭いいよなあ、すぐ臭くなるもんなあ。寒い、雪降りそう。これ一本だけ、これ一本だけ吸ったら帰ろう。帰ったら風呂入って寝て、あとのこと全部起きたら考えようそうしよう。今何時だっけ……。どうしようもなく他愛のない、何にもなかったが故の、「無為」とか「日常」の塊みたいなものが俺のなかを駆け巡っていって、端末の時計を確認した。ついでにソシャゲの新年ガチャ回してこ……と、見慣れたアイコンをタップする。起動した画面で、「お誕生日おめでとうございます!」と二次元の美少女が微笑んでゲーム内で使えるプレゼントをくれた。実生活にはそんなに役立たない、俺がちょっと喜ぶくらい。
「あー……そっか……」
 誕生日だった。過去形ではなく、今日がその当日だ。そっかあ、ハッピーバースデー俺。
「あれ、お疲れ様です」
「お疲れ、おはよ」
「お誕生日おめでとうございます」
「いやそれお前もでしょ、おめでとさん」
「そういう年でもないよなあって思うんですけどね」
「いやお前、俺より若いじゃん」
「三が日、好きなケーキ屋がまだ正月休みなんですよ」
「へー」
「冬島さん、年賀状に『ハッピーバースデー』書かれてたりします?」
「ああ、あるある」
「年末の飲み会のときにケーキ出されたり、お年玉でまとめられたりとか」
「あったあった、年始だから誕生日パーティーとか言ってもだいたいみんな旅行行ってたりしてた」
「ですよねえ」
 思い出の大体を、東春秋は「ですよねえ」という一言で片づけて、メビウスの青い箱からの一本に火を付けた。
「さっきソシャゲ起動して気付いたもん」
「なんか貰えました?」
「新年だからね」
「そりゃよかった」
「お前今日どうすんの」
「帰って寝ますよ」
「ですよねえ」
「明日ケーキ屋行きます?」
「え、野郎ふたりでお誕生日会?」
「え、さすがにそれは」
「加古ちゃんとか呼んでよお」
「加古はハワイ行ってるらしいです」
「マ?ワイハ?」
「二宮なら来ますよ」
「焼肉?」
 俺の冗談を「だいぶそれ古いですよ」と笑った東は、その他に焼肉に呼んだやつらの名前を挙げた。ものの見事に男ばかりだった。何だこのご時世に、性別が偏ってる。東の指先がちょっと伸びて灰を落とす。俺たちの手の甲はもうすっかり土気色でちょっと気持ち悪い。それで何だ、こんなところでお誕生日会の算段なんて。
「すげえな、焼肉屋貸し切りじゃん」
「あー……できるかもしんないですね」
「すげえな」
「ちょっと、自分でもびっくりですよ」
 ボーダー入ったら、一気に子だくさんみたいになっちゃった感じっていうか。
「またまた何言っちゃってんの」
「そうですよ、まああいつらの前で言わないですけど」
「へー、かっこいいじゃん」
 ね、かっこいいでしょう俺。なんて、東春秋は冗談でもそんなことを言わないような未来しか分からなくて、いつもより強く煙草を押し付けて消した。いらいらしている、理由もわかっている。
「明日、おにーさんがケーキ買ってやろうか」
 いちばんでっかいの買ってやるからな。

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