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煙を吹き消して

 その背中を見かけた城戸は、ほんの少し歩幅を広げた。声を掛けようと歩みを早め、顔をしかめる。
「ここは禁煙だぞ、迅」
 いつものブルゾンを羽織り、いつものサングラスを首元にかけた迅が振り返って微笑んだ。お前、視えていたんじゃないのか。
「やだな、ちゃんと所定の場所で吸ってますよ」
「場所はすぐ分かったのか?」
 煙草のことを咎めたあとの問いかけとして、まったく繋がりの見えない確認だった。それでもいい。城戸の脳裏には数年前の言葉と言葉がすぐに蘇る。積み重なり、絡まってほどけないままの感情をずっと部屋の隅に転がしていた。子猫が遊んだ後の毛糸を片づけないままだった。毛糸に被さった埃をやっと払う。城戸からのちぐはぐな問いに、迅は頷いた。数年前のそのまま続きを始める。
「まあ、最初ちょっと分かんなかったけど、何とか」
 出張行ってたから知らないでしょ、先週末にね。迅は煙草の箱を懐から取り出して振った。減っているのはほんの数本らしい、微かな音がする。城戸の出張のタイミングを見計らって、わざと一人で行ったことを迅はからからと笑って告げた。今さら、どんな顔してそんなこと言えると思うの。
「煙草をここで出すな、喫煙所にでも行こう」
「うん」
「お前もどうして、こんな性格に育ったんだ」
「教育がよくてね、何せ実力派エリートなもんで」
「何がだ、悪たれ小僧」
「そうです?俺いい子じゃない?」
「知っている」
 喫煙所に城戸が入ると、何人かがそっと抜け出して人は減った。迅の持っている箱から一本取る。城戸の普段吸っている銘柄ではないが、吸い慣れたものになってしまった。出張先で酔って失くしてしまったジッポが惜しく、今は失くしてもいいライターを持ち歩いている。蛍光ピンクの安っぽい百円ライターを、迅が目を丸くして見つめた。咥えた煙草を取り落としそうだから、すぐに火を付けてやった。
「意外」
「失くしてもいいものを使うことくらいある」
「失くしたことあるんですね」
「お前こそ、いいライターでも買ってやろうか」
 二十歳の祝いに、そんなものを贈るなと古い友人は顔をしかめるだろうか。あいつはいつまでも俺の真似をする、と。
「うーん、でも失くしたらずっと気にするから、安いやつでいいや」
「そうか」
「何喜んでんですか」
「いや」
 あのジッポは確か、最上が贈ってくれたものだった。お前とあいつはどこか同じでどこかが違う。未来は少しずつ動き出し、ずれて、また違う形を描いている。迅が最上でなく、また、最上が迅でないように。
「じゃあ、誕生日祝いはどうする」
 誕生日おめでとう、迅。お前くらいはせめて長生きしてくれよ。そう伝えると、喫煙所で言うことじゃないねと大笑いした。

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