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蚊が入って全滅 ※未完

 村紗水蜜は眠れない。丑三つ。眠る姿勢がみつからない。
 眠るのを諦めてしまえたなら、どれほど楽になることだろうか。戒律が在った。酒も在った。
 広い、畳張りの空間。それが、妙蓮寺に暮らす尼僧たちの寝床だった。部屋は暗い。湿気がある。しかし、月明かりもある。闇を湿らすような夏だった。
 困った檀家があった。暑中見舞いは酒だった。でかい、樽の酒だ。住職も、なかなかに困った人物だった。今日一日、酒樽は、この寝室で、夏の熱気に蒸されていた。ぬるくなっても、上等な酒だ。何故だろう、尼僧全員に、それがわかった。しかし当然、飲む者はいない。飲もうと考える、素振りすらも見せない。日中はみな、どこか遠くを笑顔で見つめ、業を終えた。
 そして、夜が来た。眠れない夜だ。
 水蜜にはわかっていた。誰もがきっと、狸になっている。寝息というものは、聞くものが聞けば、それが嘘か本当か、容易に判る。本当の寝息を装うのも容易だが、それを、五分続けられれば、何らかを受賞できるだろう。それほどまでに、持続的な狸寝入りは難しい。
 暗いとはいえ、月光はまばゆく青ざめている。眼と眼が合えば、気づかぬ者はいないだろう。かわりに、聴覚が過敏となる。みな、もぞもぞ、もぞもぞ、夜通し動く。夏の暑さも相まって、もぞもぞ、もぞもぞ、転がり続ける。きっと、邪念も寝返りの助けをしていた。
 もう酒のことは忘れ、眠ってしまおうと、何度も考えた。しかし、一人が布団の上に動けば、誰かの過敏な聴覚に、衣の擦れる音が刺さる。音が刺されば、寝苦しく動く。そのように、無限に続いた。
 それは水蜜にとって、自分に与えられた罰のように思えた。酒に対する邪念さえなければ。みなが眠ったのち、一人だけいい思いをしようなどと思わなければ。こうも、陥ることはなかったのではないか。水蜜は想像する。部屋の中、みなが狸というならば、それは決して自分ひとりに与えられた罰ではなく、みなに与えられた罰なのではないか。
 水蜜は想像する。仮に、このように考える者が自分一人でなく、みなが思っていたならば。誰か一人が口を切れば、地獄からの脱出を謳えば、寝苦しさから開放され、きぶんよく眠れるのではなかろうか。
 しかし、戒律を犯すのは恐ろしかった。水蜜は想像する。いまにも、誰かが口火を切ることを。反対に、誰も口を開かずに、朝の読経まで堪えきることを。どちらも、美しい青写真だった。
 寝返りをまたひとつうち、眠れない夜は続く。
 青ざめた月明かりの、湿気た夏の夜だった。

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