ジャンル:黒子のバスケ お題:夜の作家デビュー 制限時間:15分 読者:9 人 文字数:795字 お気に入り:0人

ほころび

待ち合わせまで時間があったので、手近なビルに入って時間を潰そうと思った。エントランスには出張店舗があり、そこではカードを販売していた。立体型のもの、染に力を入れたもの、刻印を豪華にしたもの。スマートフォンでのやり取りが進んで、メッセージカードを送りあう風習も廃れてきたらしい。確かにこちらに来てから五年が経ったものの、メッセージカードを書いたのは数回しかなかった。幼い頃はあんなにも、何十枚も書いていたというのに。文化が通り過ぎていくのは、あっという間のことなのかもしれない。
その代替手段ができて、そちらの方が手軽だった。カードを準備して、ペンを握って、文字を書く。その手間がいらなくなった。
火神は棚に置いてあるカードを一枚手に取った。ヨットの並ぶ港とカモメが舞う絵が描いてあった。メッセージを書く欄は少ない。季節の挨拶とほんの一言書けるくらいだ。このくらいなら、と思う。問題ないだろう。季節の挨拶くらいなら。
国際電話をすることがなくなった。どうしているかは、青峰や黒子、アレックス経由で知ることが多い。なぜ、と彼らは問う。連絡すればいいじゃないか、と。
もう五年経ったのだから、いいのかもしれない。でも、一度綻んだら、そこからずるずると、どんどん解けてしまうかもしれない。それが怖かった。まだ五年しかたっていない。
声を忘れたと思う。何を言われたかは覚えているけれど、その声はきっともう思い出せない。覚えているのは表情、言葉、仕草。氷室は五年前の姿のまま、火神の中に残っていた。時々思い出してはため息をつく。信仰のようだと、自分でも思う。
思い出だけで生きていけるのだろうか。自分が生き残ればそれが証明となる。それも悪くなかった。ここでは、バスケさえあれば、自分は生きていける。思いでさえあれば十分なのだ。
火神はカモメのカードを棚に戻した。ほころびは作らない。季節は過ぎていく。

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