ジャンル:Fate/Grand Order お題:苦い小説 制限時間:30分 読者:319 人 文字数:1392字 お気に入り:0人
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太陽の目の届かぬところ

 僕のことを取り立て、期待し、ときには叱咤し、果てには敵を打ち倒す暗号を遺して死んだ兄は今、かつての姿で眼鏡をかけてペーパーバックのページをめくっている。朝食の際に、水遊びに出掛けましょうと誘ったのだ。兄は快諾した。食後にコテージに戻った兄は「まさかお前その恰好で出かけるのか?」とホットパンツを見咎め、日焼けをしてしまうからと日焼け止めを塗ってくれた。大きな手は温かく、生前のそれを思い出すほどよく似ていた。英霊になったとはいえ、兄本人である。僕は彼についての薄れている記憶を辿り、合わせ、眺めては微笑んでいる。コテージ近くの木にはハンモックを設置してあるとは聞いていたが、今一つ足らない。ルームサービスでジュースを二つ、電話をかけた。この電話というもの、便利がいい。ついチップを弾んでしまう。まあ、払いは兄なので。僕は弟ですし。ジュースを両手にハンモックへ向かうと、兄は既にハンモックの布へ横たわっていた。
「そんな文庫本、お持ちでしたか?」
「濡れてもいいように、そこらへんで買ったよ」
「兄さまが落としたりするようには思えませんが」
「さあ、どうかな」
「いやこの子、パリスちゃんの前では恰好つけてるだけで、案外おっちょこちょいなんだよ」
 もこもこと丸っこいシルエットのアポロン様は、体重を感じさせない動きでハンモックにいくつか乗り込んでくる。定員オーバーだ。夏毛に変わったとはいえ、見た目にも少し暑い。
「御神、いまも恰好つけてるんですから勘弁してくださいよ」
「お前、からかいがあるんだもの」
「お戯れを」
「そうとも、戯れだよ」
 アポロン様は放っておくと、あのお美しい人のお姿を取られて兄の頬を撫でんばかりだった。木陰の下の揺らめく海は波間に影を孕んでいて、僕の不安のようにゆらゆらと行ったり来たり、寄せては返している。
「兄さまばっかり、アポロン様ばっかり、僕に分からない大人みたいな話をしてずるくありませんか」
 兄の厚い、よく成長した大人の胸板へ飛び込んだ。心まで子どもに戻ってしまっているようだ、とは分かっていても、こんなふうに余裕のないとき大人のようには振る舞えない。誰も彼もが僕を指差した、甘ったれの頬を膨らませる。笑った兄がその頬をつついた。身体を起こすと、兄の顔がついぞ見ないような表情をして、僕を見上げている。アポロン様の夏毛のせいだ、こんなに頬が熱い。
「拗ねるな、パリス」
「兄弟水入らずか、わたしはお邪魔だったね」
 ふむ、と頷いたアポロン様は何か思いついた様子でぽん、ぽん、とハンモックから軽快に、綿毛のように飛び降りていく。そして最後に、ハンモックを大きく揺らして立ち去った。揺れた拍子に、まずはペーパーバックが滑り落ち、タオルが滑り落ち、そして僕と兄が海に投げ出された。うわあ、と叫んだ僕たちは揃って海面に顔を出し、同じ濡れ鼠で「兄弟水入らずか」と笑った。兄の顔は生前に見ることもなかったほど緩んだ、屈託のない笑いを浮かべている。水に沈んでしまえば、僕のこの年若い身体の身長も水面では変わらない。首に飛びついて、塩辛い口づけをした。
「兄さま、僕、死んでよかったです」
「ばか、お前……」
「兄さま、昔はこんなふうに笑ってくださること、少なかったじゃないですか」
 今は僕しか見てない、アポロン様だって見ていない。僕の、僕だけの兄さま。

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