眩しいくらいに赫い夏
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プロデューサーとしてアイドルをプロデュースするようになってから大分経つが、しかし未だに理解できないことがある。
「プロデューサーさん、どうですか? カワイイですか? 素直にカワイイって言ってくれてもいいんですよ? フフーン♪ さっすがボクは何を着ても似合いますよね! むしろボクに似合わない服なんてこの世には存在しませんよ! 全ての服は、ボクに着られる為に存在するんです!」
初夏。蝉が喧々と鳴き始め、木々の緑が一層青々と生い繁る時節。アスファルトはかんかんと照りつける太陽の熱でチョコレートのように溶けきって、道路の向こう側では架空の水がゆらゆらと手招きするように揺らめいている。じわりと額に浮いた汗は定規で直線を引くようにこめかみからまっすぐに滴り落ちて、しかし顎の先に到達する前に、あっという間に熱にやられてて霧散する。汗でさえも蒸気と化し、屋根に放り投げた水銀温度計が内圧に耐え切れずに割れてしまいそうな、そんな季節の、こんな炎天下で。
あろうことか、黒ストッキングである。
「……暑くないのか?」
「? 何を言ってるんですか、プロデューサーさん。暑いに決まってますよ」
つばの広い麦わら帽子は、夏空の青によく似合う。とはいえ、春先に一緒に買い物をした時に着ていた半袖のワンピースはどこへやら、この草木も茹だる真夏日に、幸子が着ているワンピースの袖は、夏至の昼のように長かった。
その上ワンピースの下には黒いストッキングを穿いている。ワンピースの裾から顔を覗かせているふくらはぎはしなやかで、黒色に縁取られた曲線は魅力的ではあるけれど、しかし今は夏である。その忍耐力は一体どこからやってくるのだろうか。
「長袖で、ストッキングって……俺だってクールビスでノーネクタイだぞ」
「全く……プロデューサーさんは、本当に女の子のコトを知らないんですね。可哀相な人です」
いつも通りの失礼な幸子ではあるが、しかし鼻頭にうっすらと汗を浮かべながらそんなことを言われても全く説得力が無い。最上川が五月雨を集めて流れているように、幸子の鼻頭の雫はじわじわと珠のように大きくなり、そして静かに滴り落ちた。
「いいですか、プロデューサーさん。女の子っていうのは、おしゃれの為なら暑いのも寒いのも我慢できちゃういきものなんです。それにボク、紫外線にちょっと弱いので、長袖じゃないとすぐ赤くなっちゃうんですよ。もうすぐライブなのにアイドルの肌がまっかっかだったら、幻滅しちゃうでしょう?」
ほら、と見せびらかすように幸子は腕捲りをする。色は、白。夏の光を反射する、白磁のような、無垢の白。確かにこの肌理細やかな肌が赤くなっていたら、幻滅してしまうかもしれない。ならばスキンケアの一環として、無理をしてでも長袖のワンピースを着る。それはきっと女の子としての矜持でもあり、アイドルとしての意識の高さなのかもしれない。プロデューサーとして、一人静かに感心する。
しかし、おしゃれか。不意に疑問が浮き上がる。
「おしゃれはいいが、一体誰に見せるんだ?」
そんなことを訊ねると、幸子は豆鉄砲を食らった鳩のような顔をして、それも束の間、みるみるうちに耳の先まで真っ赤になった。
「ほ――――っんとうに、プロデューサーさんは鈍感ですね! 無神経です! デクノボーです! ふーんだ!」
――ひょっとして。
そう気づいたときにはもう幸子は顔を真っ赤にしながら怒ったように数歩先を歩いていて、なんとなく、せっかく肌が焼けないように長袖のワンピースまで着ているのに自分のせいで幸子を真っ赤にさせてしまったなあ、なんて、ついつい笑ってしまうのだった。
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