ジャンル:練習 お題:名前も知らない心 制限時間:1時間 読者:810 人 文字数:3457字 お気に入り:0人

午後6時の誘惑



僕の声は震えていただろうか。震えていたに違いない。頭がおかしいと思われただろうか。そうに違いない。目の前の僕のベッドに腰掛けるアニは、珍しく呆気にとられた表情で僕の方をじっと見つめていた。僕は彼女が数秒後、僕を蹴り飛ばし殴り冷静に別れを切り出すところまで想像していた。
ああ、やはり言うんじゃなかった。ただ美しい彼女を描きたいという思いだけで始まった僕らのそれは山を越え谷を越え、いつの間にかただのクラスメイトと言う関係を、絵のモデルとそれを描く人間という関係を越え、僕はクラスメイトとしての彼女でなく、絵のモデルとしての彼女でなく、アニレオンハートという一人の女の子としての彼女を知るところまで来ていたし、アニがそれに合意したのは奇跡としか言えないけれど、その奇跡もここまでで終わりだ。欲望に任せて言っては見たけれど、それにしても行きすぎだ。明日から学校にすらいけなくなるかもしれない―――僕の頭のなかはもう真っ白で、今までの思い出が走馬灯のように巡るところまで来ていた。だから彼女の最初の一言は聞こえなかったのだ。ちょっと、と大き目の声で言われて初めて気づいた。
「別にいいよ、外は別に脱がなくたっていいんだろ」
信じられない気持ちで見つめた彼女の顔は少し恥ずかしげで、その気持ちを覆い隠すように告げたいつも通りのそっけない声は震えていた。僕は思わずほんとに、と聞く。まだ蹴られても殴られても別れも切りだされていない。夢を見ているような気分だ。
「いいよ、別に」
僕は生唾をごくりと飲み込んだ。出来るだけ早く終わらせるから、と言いつつスケッチブックをとりに立ち上がる。途中でパレットに躓いた。体が熱い。心臓がばくばく脈打って、それがいつ下半身に落ちてきてもおかしくない程だった。僕はほぼ全神経を傾けて余計なことを考えないようにしていたが、それでも気持ちが背中の彼女に行くのを我慢できなかった。
本当に彼女は、僕のその「リクエスト」がいつも通りの絵を描くための純粋なそれだと信じているのだろうか。そうだとしたら流石に無防備すぎではないだろうか。この家には今誰もいない。僕は男で、彼女は女の子なのだ。いくら今まで僕が彼女に手を出さなかったからとはいえ、それに値するような、不健康で半分よこしまな気持ちも混ぜたようなリクエストもたくさんしてきた。「絵を描くため」という一見アーティスティックで純粋そうな理由にかこつけて。それの全てを、彼女は何時も受け容れてくれたけれど。この期に及んで、まだ騙されてくれているのだろうか。今回に至ってはいつもの半分美術的興味、半分思春期的な興味、とは違い80%以上がよこしまな気持ちなのに。どこまで鈍感なのだろうか。無防備なのだろうか。他の男にだまされていないだろうか。
見当違いなことまで僕が悩み始めた時、後ろで小さく布が擦れる音がした。僕はぐっと唇をかむ。ここで振り向いてしまえば僕は彼女を裏切る形になる。僕の気が狂ったようなリクエスト――「下着だけを脱いで、その姿を絵に描かせてほしい」に素直に頷いてくれた、彼女を裏切るなんて。彼女を信仰に近い気持ちで愛していた僕にとって、それは重大な離反行為だった。僕はスケッチブックをぱらぱらとめくり、あと何ページ空白が残っているか何度も数えながら、それが終わるのを待った。
「……いつまで準備してるの」
その声に恐る恐る振り向くと、彼女は下着を足から抜き取ったところだった。水色で、レースの彼女のそれ。僕は見てはいけないものを見た気がして、思わず俯いた。彼女はいつも通りの声で、「早く済ませて」と言う。脱いだ彼女の方が冷静で、リクエストした当の僕の方がぶっ壊れそうなぐらい緊張してるなんてどうにもおかしな話だ。
ベッドに座る彼女の、白い足が眩しい。彼女の水色のそれは、ベッドの隅に置かれていた。本当に脱いだんだ。本当に。僕は興奮で頭がおかしくなりそうだった。赤いスカートの、その下を想像しないように努めたし、黒いセーターの下を想像しないように努めた。それでもふとした時にアニを最も女の子らしめている部分を包んでいたその小さな布の塊が目に入る度に僕は息を整えなければならなかった。
彼女のスカートから覗いている、太腿の輪郭線を丁寧に書いていく。その丸い、すべすべした僕が最も彼女の中で好きな部位は何時もに増して悩ましく見え、美しく見えた。見た目的には何も変わらないはずなのに、想像力と言うのは恐ろしく僕は何度も服のことを忘れ、彼女の裸を書いてしまいそうになりその度に慌てて消した。僕の目の前の彼女は、服できちんと肌を覆っていて、それは何時もと変わらない露出度なはずなのに裸同然に見えた。恐らく誰も触れたこともないそのとても柔らかくて繊細な部分を、彼女は僕にだけ唯一晒すことを許しているのだ。そう考えるだけで僕は彼女を独占したという気持ちで頭がおかしくなりそうだったし、もっともっとと求める気持ちは止まなかった。ここ最近僕を悩ませていた下らない征服欲や独占欲が僕の頭をどろどろに溶かし、それに僕は必死で抗っていた。
前に彼女が僕に彼女のヌードを書けと言った時とは全然違う。あの時もどきどきしたけれど、それでも今とは違うのだ。今の彼女は僕の気持ちのまま動いて、こうやってセーターとスカート一枚で僕の目の前に座っている。悲しそうでもやけになっているようでもなく、ただ僕の言ったことを受け入れているのだ。
「ねえ」
筆が進まず、スケッチブックに釘付けになっている僕をいぶかしんだのか彼女が僕を呼ぶ。
「うまくいかないわけ」
彼女はただ僕を信頼しきっている。そう思うと罪悪感で心が引き裂かれそうだったし、同時に嬉しくて堪らなかったのだ。嬉しくて、たまらなかった。




何とかスケッチを終えたことを彼女に告げると、アニは頷いて横の下着を取った。僕は目を逸らすべきだと思い立ち上がりかける。そこで彼女がふ、と笑った声が聞こえた気がして顔をあげた。本当に、ばかなんだから。アニはそう小さく囁きながら、セーターをまくり上げた。白い背中がぱっと露わになる。まるで冬の雪原みたいに白くて滑らかなそれから、僕は目を離せなかった。彼女の笑いが大きくなる、何で笑っているのかわからない。その理由を考えたところで気付いた。

アニは着替えている間一度も僕に「向こうを向いてて」と言っていない。

僕はごくんと唾を飲みこんだ。アニは笑い声の残滓を残したまま下着を身に着けている。駄目だ、それを着たらだめだ。僕は立ち上がるとつかつかと歩いていき、それから彼女の隣に腰を下ろした。ぴたりと彼女の動きが止まる。心臓がばくばくとうるさい。アニ。そう乾いた声で呼ぶとゆっくりこちらを振り向いた。
「あんた、本当に馬鹿だよ」
こちらを見たアニの表情。それは一度も見たことのない、彼女の顔だった。笑っている筈なのにそれがうまくいっておらず、目の周りが赤くなっている。泣いた後かのように潤んでいる青い目は、じっと僕の方を見つめていた。
「期待していいの」
アニの考えていることは良く読み取れなかった。だから紡ぎだした言葉は不確かで、震えていた。まだ下着も履いていないその、アニの太腿に指を這わせると彼女は緊張した様子で、それでも笑うように口元を歪めた。
「期待するのは勝手だけど、始めるのはあんただよ」
―クソ。僕は口の中で小さく悪態をついて、彼女の肩を押した。彼女は抵抗しない。まるで人形みたいにベッドに素直に転がって、僕を見上げた。ベルトルト、何するの。そうわざとらしく言って、またへたくそな笑みを見せた。
アニの明らかに慣れていない誘惑は、僕をそれでもぎりぎりのところまで煽り立てた。白い太腿が眩しい。いつもいつも実際に触れて見たら、彼女の足の美しさをもっとうまく書けるはずだと思っていた。―きっと明日からは、もっと彼女を美しく描けるだろう。

「僕、君を犯すよ」
そう言った声は震えていただろうか。震えていたに違いない。あまりに露骨だと思われただろうか。そう思われたに違いない。それでも彼女は少しだけ満足げに笑った。「最初からそれが目的だったんだ」とわざとらしくいい、僕の胸に手を置いた。ああ、そうだよ。最初から君をこうしたくて言ったんだ。―それで、満足かよ?
そう思ったけれど僕は口に出さなかった。代わりに思い切り、彼女の柔らかな唇に自分のそれを押し付けた。





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