ジャンル:RiseOfTheGuardians お題:誰かは巨人 制限時間:1時間 読者:825 人 文字数:1809字 お気に入り:0人

黒の夢

 それは、さながら夜ごと語られるおとぎ話のような夢や希望が詰まったものでは決してない。
 ベッドの隅の暗がりに潜むのはもううんざりだ。
 いるのに信じてもらえない苦行はいつ終わるのか見当もつかず、ピッチがまた諦めの滲む溜息を吐いた。

 「ためいきばっか吐いてると幸せが逃げてくよ?」

 うつ伏せでマンガを読んでいた少年ことジェイミーが首を捻り、ベッドサイドに腰掛けているピッチを見遣る。
 彼の手元を照らすロボットは去年のクリスマスに貰ったプレゼントでジェイミーの大切で大事なものベスト3に堂々ランクインしている。
 読みかけのマンガをナイトテーブルに置き、きちんと向き合ったジェイミーに対しピッチの顔付きは頗る凶悪だ。

 「ほう?君はささやかな悪夢しか見させられず、溜息を吐くしか能の無い私からやる事を一つ奪おうというのか」
 「そ、そういうことじゃなくて……」

 ピッチの子供相手なのに大人気なく歯を食い縛り凄む迫力に押されたジェイミーは毛布で顔半分を隠した。

 「怖いか」
 「――怖くなんかない」
 「ハッ。強がっているようだが、その体の震えは何だ?怖いから震えているのだろう?違うか?」
 「…怖くないってば…」
 「抗うな。恐怖こそ純粋な感情であり、誰の心の中にあり消えないものだ。そうであろう……、非力で無力な少年よ」

 ピッチのシルバーゴールドの瞳に自分の情けなく震えた姿が映る。ギリギリまで詰められた距離は相手の楽しげな息遣いがハッキリ聞えるくらいに近く。折角誤魔化すために顔半分を隠していた毛布はとっくに剥がされている。
 値踏みをするような、同情するような温かみを一切感じない瞳が緩やかに諭す。お前を守ってくれるガーディアンは近くにいない。誰もお前のベッドの暗がりにブギーマンが潜んでいる事を知らない。助けを求めても無意味だ。お前はただ震えて怯える小さな子供でしか無い。
 不健康な白い指先がそっと丸みの帯びた耳の縁をなぞり口許を寄せた。

 「怯え、震え、恐怖せよ。それが私の糧となる」

 ウィスパーボイスが耳の中に吹きこまれジェイミーの体を竦ませる。歯の付け根が噛み合わないわけでもない。背筋が寒くなったり、寒気を感じ身ぶるいしたわけでもない。だが、確かに小さな子供は恐怖を感じていた。
 胸の奥が締め付けられ痛くなる恐怖。
 
 「……っ」
 「嗚呼、いいぞ。それでいい恐怖に身を委ねろ」

 ピッチが恍惚した眼差しを送る。
 ジェイミーは視線を床下に落としたまま、彼の黒い服を握った。払われればすぐに取れてしまうような、でも確り掴んで離さないように握った。
 訝しげに思ったピッチが握られた箇所を見、握っている当人を眇める。

 「君が見えるから、まだジャック達がいるって信じられる。…でも、君まで見えなくなっちゃったら――ぼくは、ぼくは…っ。それが、こわい。見えなくなるのが、信じられなくなるのが……、とてつもなくこわい」

 噛締めた唇。震える指先が黒い服越しに伝わる。
 己の存在が忌々しいガーディアン達の存在に繋がるのは甚だ遺憾である。しかし、縋る少年の手を振り解けないのもまた事実。
 擦り抜けず通り抜けず。確り掴んでいる憎き手にどれだけの安心感が宿っているのだろう。

 「――眠れ。今宵もヤツが良き夢を見せてくれる」

 ジェイミーの哀しげな目元をそっと掌で覆えばすっと力の抜けた子供の体がベッドに沈む。それを甲斐甲斐しく毛布を被せ、頭を枕の上に乗せれやれば途端来る金色の砂。いっそ闇色の染めてしまおうかと頭を過ったが結局やらなかった。
 眠る子の頭上に浮かぶ楽しげな夢。サンタクロース、歯の妖精、イースターバニー、サンドマン、ジャックフロスト、そして――ブギーマン達が夢を見ているジェイミーと一緒にいる夢。希望と感動、楽しい事しか無い夢のような、夢。
 
 「信じている、ただ怖くないだけ――、か」

 何時ときか。ジェイミーがピッチに言った言葉。不意に口に出た言葉がピッチ本人を驚かせ、溢れ出そうな想いを必死に抑え付けた。
 込み上がる想いが目頭を熱くする。目元を掌で覆うピッチは天井を仰いだ。

 「……守ろう。与えるものが恐怖でしか無かろうとも君が胸に秘める想いを守ってみせよう」

 ジェイミーの夢に触れながらピッチはまたベッドの暗がりに身を潜めた。

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