ジャンル:アイドルマスターsideM お題:フハハハハ!それは悪役 制限時間:1時間 読者:581 人 文字数:1578字 お気に入り:0人

朱雀と玄武と悪役レスラー

 

 わああ、と歓声が沸いた。
 それは四角く切り取られた世界だ。その光景が、声が電波に乗り、ハイビジョンで全国のあちこちへと飛んでいく。
 そして、それはこの狭い一室も例外ではなかった。簡易的に置かれたブラン菅のテレビは、近隣に住む老人が「朱雀ちゃんに」とプレセントしたものだ。体の良い廃品回収の場所かなにかと勘違いされているのではないかと玄武は眉をひそめたが、当の本人である朱雀が酷く喜んだので結局本音は言えず終いである。かくして二人がアイドル活動をする上で共同生活を営む一室に、そのブラウン管テレビはどどんと鎮座することになったのだ。
 そうして、今この一室の主役は間違いなくこのブラウン管テレビなのである。
 液晶はとある試合を映し出していた。分かりやすく悪役を演じているレスラーがつらつらと耳障りな言葉を吐き出し、それに観客が沸く。立ち向かうもう一人のレスラーはくっと唇を噛みしめながらも口元に僅かな笑みを浮かべている。
 ――――あぁ、やはり似ているな。玄武はそう思ったが、口には出さなかった。
 目線をずらせば、画面に目どころか意識もなにもかも奪われてしまったのではないかと不安になるほど微動だにしない朱雀の姿がある。
『今日はさ、お世話になったレスラーさんの引退試合なんだよ』
 テレビのチャンネルを変える寸前、ぽつりと朱雀がそう漏らしたのを玄武は一語一句忘れず覚えてる。普段の、自信に満ち溢れた朱雀の声ではない。どこか怯えを滲ませた、弱音のような声だ。
『最後まで悪役のままだなんて、嫌じゃねーのかなァ。ホンットに、イイ人なんだぜ』
 そう眉を潜める姿に嘘偽りはない。紅井朱雀という男はいつだって真っ直ぐなのだ。それはもう、呆れて笑ってしまうほど。そしてそんな馬鹿で真っ直ぐな朱雀に惹かれてしまったのが黒野玄武なのである。
 見慣れない姿をそっと瞳に焼き付けながら、玄武は「そうか」と無難な言葉で場を誤魔化した。こういう時に、上手く相手に掛ける言葉が出てこない。いくら勉学を重ねようとも、こればかりはどうにもならないのだ。人生経験と踏んできた場数の問題なのである。
 カンカンカン、と鐘が鳴る。朱雀の父がよろめきながらも立ち上がり、果敢にも悪役レスラーへと挑んでいく。悲しいことに、玄武は知っている。この舞台は茶番だ。裏では綿密な打ち合わせとシナリオが用意されている。それに沿って彼らは動くだけだ。そう分かっていると、決められた勝敗を応援する客すら陳腐に見える。技術と実力がなければ成立しない舞台と知っていても、裏を知っていれば全ては色褪せて見えてしまうものなのだ。
 だが、朱雀は違う。きらきらとした目で、食い入るようにテレビを見つめている。彼は信じているのだ。最後の最後まで、悪役レスラー。彼の勝利の可能性を。
(なんて愚直で、馬鹿で、真っ直ぐなんだ)
 いつしか玄武の意識は目の前にあるブラウン管には無かった。ただ一人、燃えるような赤い髪の後ろ姿。紅井玄武、彼一人に向いていた。
(……俺は、羨ましいぜ。お前が)
「頑張れ、オッサン」
 朱雀の口が無意識にだろう、応援の言葉を吐き出すのを見て玄武はそっと瞳を細める。
 色を無くしていた世界に、僅かに朱色が差す。赤。それは朱雀の色だ。
「頑張れ!」
(立ち上がるさ。そいつは、何度でも)
 朱雀の声を受けたかのように、いつの間にか倒れていた悪役レスラーは再度立ち上がる。そう、彼は立ち上がるだろう。シナリオの終わりが来る、その瞬間まで。
(だから、最後の最後の瞬間まで夢くらい見せてやっちゃあくれねぇかい)
 玄武はそっと口元に手を当て、吐きかけたため息を殺した。
 あと少し、後もう少しだけ。
 レフェリーが、1、2、3を数え終わるその時まで、朱雀の望んだ世界であればいい、と。

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