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撹乱される道化師の話。

「行くの?」
「そうだね、命令だから」
 一瞬、眉間に皺を寄せたユーリは、平静を装って椅子から立ち上がると、デニスの元へ歩いていく。壁に寄り掛かるデニスの前に立って、壁に手を突く。扉の方へ行かせないとでもいうようなその態度に、デニスは苦笑した。
「どうしたのユーリ、らしくないじゃないか」
「そんなことないよ」
「噂の壁ドンってやつかい、僕みたいなでかい男にしても萌えないよ」
 そういうのは可愛い女の子にしないと、と言いながら片目をつぶってみせる。ユーリはそんなデニスを見て、眉間の皺を深くすると、一切の迷いなくデニスに足払いを掛けた。
「ぅあっ!?」
ドスン、と重量感のある音がして、ずるりと壁際に座り込む形になったデニスを、ユーリは見下ろす。普段デニスを見下ろすなんてことがないので新鮮だったが、ちらりとこちらを見たデニスが目を瞬かせていたのでユーリは怪訝そうな顔をした。
「何?」
「いや、今すごく機嫌良さそうだったから…何かなって」
「君の転び方があまりにも無様で」
「それはユーリが悪いんだろう!?」
「簡単に足払いされる君が悪いんだよ」
 ユーリはそう言ってしゃがみ込むと、座り込んだデニスと目線を合わせた。翡翠のような大きな目が、こちらを不思議そうに見ている。じっと見つめ合っていた時間は、ほんの十数秒だったのだろうが、その沈黙と視線に耐えかねたのか、デニスはへらりと笑う。
「な、何かな?」
「君それしか言えないの」
 ぐい、とデニスの胸元を掴むと、ユーリは噛みつくようなキスをした。見開かれたデニスの目が、ああ零れそうだなあなんてバカみたいなことを考えて、そんなことはおくびにも出さずに唇を離すと、ゆっくりと瞬きをし始めたデニスの顔が、バッと赤くなった。
「照れてる?」
「な、にするのさ……ほんと、卑怯だよユーリ…」
「まあ、餞別だと思ってよ」
「餞別?」
「そう」
 遠い世界へ潜入する君へ。まあ、手の内を隠すことは得意だからドジは踏まないだろうけど。心配だ、なんてそんなことを言える柄ではないから、せめて想いが伝わるように。もう一度、今度は額にキスを落とすと、デニスは額を隠すように両手で押さえた。
「!?」
「何、いちいちオーバーだね。普段もっとすごいことしてるでしょ」
「や、あの、ほんと今日はどうしたのユーリ…心臓に悪いよ……」
 顔を赤くしてぼそぼそと絞り出すような声を出すデニス。そんなのを知っているのは自分だけで十分だ。
「僕が気まぐれなのは今に始まったことじゃないでしょう」
 まあ、その気まぐれだって、君にしかしないんだけど。

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