ジャンル:繰繰れ!コックリさん お題:鋭い強奪 制限時間:2時間 読者:634 人 文字数:2314字 お気に入り:0人

【狸こひ】水琴窟

不安げなライターの火しか無い暗がりの中。市松は間欠的な感覚で天井付近から零れ落ちてくる雫の音に耳を立て、足首まで浸っている水面に波紋が浮び上るのを何となく眺め続けていた。
「さて。どうすっかねえ」
緊張感の無い困り果てた声が滴る雫と同じように幾重にも反響して、出口の無い空間に響き渡る。
ひんやり冷たく何処か澄み渡る空間に閉じ込められた市松は腕を組み悩む素振りをしては、すわ他人事よろしく抑揚の無い声で信楽の言葉と殆ど同じことを返したのだった。
「どうしませう」

一先ず、もう一度外に出られる出口なるものを探す。煉瓦のようなザラついていて冷たい感触の壁に手を添え、とりあえず突き当たるまで歩いてみた。歩く度、足に纏わりつく水が波を立てる。市松の逆の手はライターを持っていない信楽が握り、何度か市松の足が縺れ体勢が崩れ転倒するのを未然に防いだ。
どのくらい歩いただろうか。ざっぷざっぷ水の中を歩いていた市松の指先に小さな溝の感触が伝わる。信楽に頼みその溝を照らして貰えば、其れは僅か数分前にスタート地点として壁に印として作った疵だった。よく似たようなものだと疑うのは簡単。だが、信楽の苦笑交じりに後頭部を掻く仕草を見てしまったら最早似たようなもので済ませるのはちょいと難しい。
ふと足裏で水底に敷き詰められている砂利の存在を確かめていた信楽が顎下を擦り呟いた。
「陶器の壁、砂利を敷き詰められた底、上から落ちてくる雫に、今は浅いが水が張っているのを察するに――。俺達は今、水琴窟の中に閉じ込められちまったみたいだな」
「すいきんくつ?」
「地中に作った空洞に雫垂らして、その雫の反響する音を楽しむっていうやつだ」
体よく落ちてきた雫が涼しげな音を響かせる。
二人揃って音のした方に顔を向けたまま市松が問い掛けた。
「ちなみに出口はどこにありませう?」
「これねー。入口はあっても出口は無えんだ。正確には適度に水を排出させる排水口がある筈だが、俺達が通ることはまず無理だろうなあ。それに入口から出ようにも。ほれ、見えるか?嬢ちゃん」
信楽の指差した方に薄ら見える穴らしきもの。明確には見えないが子供の市松ならギリギリ通れそうな穴が開いているものの、奈何せん見上げるほど高い場所にあるお陰で信楽に肩車してもらっても届く気配が全くない、そんな高さだった。壁をよじ登ろうにも凹凸の無い壁では手や足を引っ掛けるのも出来ず、たとえ登れたとしても登るに連れ壁が内側向って反っており、その所為で穴がある天井付近に辿り着くのには困難を極める。

「――?」

唐突に来る浮遊感。脇の間に差し込まれた手が器用に反転させ、市松を肩の上に乗せた。濡れている市松の足を気にせず、信楽がカラリと笑う。
「疲れただろ。おじさんが肩車してやるから休んでな」
「おじさんは疲れないのですか?」
「こんくらい如何ってことないぜっ」
顔の前で手を振る仕草で産れた風が心もとない灯りを揺らす。
「競馬場じゃ基本立ち見だからな。自分の賭けたお馬さんが勝つか負けるかって時に座ってなんかいられねえよ」
柵に身を乗り出す勢いで毎回見ていると言い笑う信楽の顔はクズを具現化したものだった。
そう市松は唾を吐き捨てながら語った。



ひょんな事から出口の無い空間に閉じ込められたというのに、頭の上でいつの間にか寝てしまった市松を思っては穏やかな顔で水の滴る音に耳を澄ます。
空気が足りぬのか云々の問題ではない。尋常じゃない勢いでドバドバ水が上から落ちてくる勢いで、既に信楽の胸元近くまで水位が上昇していた。ここまで来れば否応なしに命の危険を覚えずにはいられない。恐らく外は土砂降りの大雨なのだろう。
少々の罪悪感を感じつつ、市松を起せば予想に恥無い危機感の全くない声が小さな口から漏れた。
「流石のおじさんもピンチだわ」
「ならば市松に提案があります」
ピンっと伸ばされた手の気配に信楽が先を促す。
「まず、アニマルモードになって」
「うんうん」
「おじさんの笠を水に浮かべます」
「おう」
「それに二人が乗ります。アニメや漫画の展開なら沈まずにぷかぷか浮いて難を逃れることが可能」
「んじゃ、いっちょやってみっか!」
意気揚々アニマルモードになった時点で気付くべきだった。足が届かない現実に。
信楽がアニマルモードになった途端、勢いよく水に沈む二人であったが、何とか笠を浮かべることに成功した。そして、いざ尋常に笠の上に乗っかれば――、予想を恥じぬ沈みっぷりに二人の鼻に水が入り込んだ。もがきながら見た目的に浮きそうな信楽の丸い腹にしがみ付いたところで現状を打破する事叶わず、水面に浮かび続けるのに疲れ始め水面上昇に近付いていた天井が遠退いているような錯覚に陥る。
「こりゃ…ちと、不味っ……」
沈みかけていた市松を抱き寄せ、唯でさえ運動に適さない袈裟が水を吸い重く動き辛いに輪を掛けた中、信楽は最後の悪足掻きと云わんばかりに錫杖で天井を突き上げる。
すると、如何だろうか。突き上げた所から徐々に罅と亀裂が走り天井が崩れ始めた。落ちる天井から市松を庇いながら崩れる光景を見上げていた信楽の目に入り込む燦々と輝くお天道様。短い間だったのに随分懐かしく思えるのはずっと暗い場所に居た所為に違いない。
遠くから聞える狐と狗の切羽詰まった声、それに続く足音を聞いた信楽の体から力が抜けた。力を抜けば不思議なもので先程まで沈みかけていた狸の腹が水の上にぷかぷか浮かび、その丸い腹の上に市松を乗せ浮かび漂う信楽は喧嘩しながら心配で顔を歪ませている二人に手を上げ呑気な声を掛けたのだった。

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