ジャンル:アイドルマスターsideM お題:騙された流刑地 制限時間:1時間 読者:336 人 文字数:2610字 お気に入り:0人

日だまりの待ち伏せ



※朱雀×玄武 寮住み(一人部屋)設定



 ただいま、と口にした言葉が、しんと静まり返った室内に無為に響く。木霊のように返される声はなく、ついそう発してしまった苦々しさに、玄武は眉間に皺を寄せた。
 右手に持ったビニール袋だけががさりと音を立て、苦笑する。ブーツを脱ぎ、玄関からキッチンへと向かうと、すぐさま冷蔵庫の扉を開けた。密室の籠った空気へと冷気が入り混じり、息を吐く。買い込んだ食材や惣菜をさっさとしまった代わりに、作り置きの麦茶の入ったボトルを取り出した。
 住み慣れた部屋というには、些か過ごした時間が短すぎるだろうか。とはいえ、長ければ長いほど、そこが自らの家となるのかと言うと、首を捻らざるを得ない。玄武にとって、自分の家というものは、実感からはほど遠いものだ。幼い頃、物心ついたその時から京都の地を離れるまで過ごしていた孤児院でさえ、終の棲家ではないと直感的に理解していた。家、と銘打たれてはいたものの、玄武にとってその一文字は、ただの文字でしかなかった。
 彼の成長と併行して、兄弟のように共に過ごした何人もの似た境遇の赤の他人が、次々と巣立っていく。育ててくれた先生たちも何人かはいなくなり、何人かは増えた。授業参観のたびやってくる同級生の親達の顔は、そう変わる事がない。そして玄武も例外ではなく、あの家を出て、今は遠く、東京の地に居る。
 賑やかだったかつてとは違って、一人で過ごす狭い部屋は静かで、暗い。だがそれに安堵するのも事実だった。慰められて生きてきたあの頃と違って、今の自分は自らの境遇を理解している、と、彼は思っている。冷静に、客観的に、受け止めている。だからこうして生きているのだと、誰にともなくそう繰り返し、繰り返し、揺らがぬ意思となるように、思う事にしていたのだ。――かつては。

 フローリングの床を蹴る、ささやかな爪の音がする。
 音の先を探し、玄武が周囲を見渡すと、足元に柔らかな感触がしてぞわりと産毛が逆立った。慌ててその場から飛び退くと、光源もないのに、きらりとその双眸が輝いたように見えて、口元を引き攣らせる。悪意のないその瞳に罪悪感さえ抱きながら、玄武は壁伝いに部屋の明かりのスイッチを探して、指に触れた感触に力を込めた。

「……んー……?」

 居た。
 玄武は隠さず、嘆息を零すと、部屋の端、ベッドの上で我が物顔をして転がる一人の姿を見つけた。床の上に散乱した制服の代わりに、どこから引っ張り出してきたのか、勝手に玄武のTシャツとスウェットを身に着けている。突然瞼越しに眼球を刺した電灯の青白い光に呻きながら、朱雀がとろとろと瞼を開き、閉じる。玄武はその足で傍まで向かうと、朱雀の制服を手に取ってから、枕からずりおちた頭を小突いた。うう、ともう一度呻く声がしたかと思うと、朱雀が目を開く。いつもなら見開かれた大きな瞳が、ぼんやりとぶれた視線を玄武へと向けている。寝起きの際にだけ見る事の出来る顔だ。じっと向けられた視線が、じわじわと定まっていくのを玄武はそのまま待っていた。
「おー……」
「お前、何でここで寝てんだよ」
「おはよ」
「おはよう」
 まだ呆けたままの朱雀を置いて、玄武はそのままハンガーを求めてクローゼットの扉に手を掛けた。整然と並ぶ本や衣服などを尻目に、その上部、壁から壁へつながったスチールの突っ張り棒に引っ掛けたハンガーに、皺だらけの制服を引っ掛ける。心持ち皺を伸ばすようにしてやると、豪奢な刺繍の赤が目を焼く。何度見ても、相棒と同じ名を冠する神の尾羽は玄武の瞳と心を惹きつけた。
「今、何時だよ……」
「もうすぐ日付変わるぞ」
「ああ?!」
 玄武の答えを聞くなり、がばりと朱雀がベッドから跳び起きる。それから慌てて枕元の携帯電話を確認し、げえ、と心底面倒そうに声を上げた。
「お前帰ってくんの遅えよ!」
「俺の所為かよ」
「いや、違えけど」
「つうか、だから何でここで寝てんだ。暑かっただろう」
「何でって、別に」
 ベッドに右手をついて振り返ると、不思議そうな顔をして、朱雀が小首を傾げた。そうしたいのはこちらの方だと言いたい気持ちを堪えて、玄武もベッドに腰を下ろす。その素振りに、特に理由はないのだろうと気付いて、それ以上の答えを求めるのをやめた。
「そうか」
 ふ、と息を吐きながら、つい緩んだ口元を隠さず、玄武は手を伸ばした。そのまま、朱雀の口の端に垂れた唾液を指で拭ってやる。朱雀は特段抵抗もせず、されるがままに玄武の手を受け入れた。かと思うと、そのまま指に、ぱくりと噛み付いてくる。関節に柔く歯を立てられ、玄武の眉がぴくりと震えた。
「まだ寝惚けてんのか」
 その問い掛けに首を横に振り、朱雀はその目を玄武へと向けた。未だ余韻の残る惰気と、いつものぎらついた熱の混じり合った眼光をぶつけられ、心臓がざわつく。含まれたままの指で歯列をなぞると、その目からまどろみが消えた。身体を支える玄武の右手首を、朱雀の太い指が掴む。舌でぐいぐいと押し出された指は唾液に塗れ、蛍光灯の明かりを孕んでぬらりと光った。
「何かすげえ、機嫌良さそうだな」
「そう見えるか?」
「何かあったのかよ」
「……さあな」
 玄武の薄く硬い、節ばった指に次々と噛み付き、歯形を残す。淡く桃色に色づいたそれはよく言えば花弁のようにも見えて、しかしそう形容するのを憚りたくなる程、浅ましい欲が滲んでいた。緩慢な空気に焦れた朱雀の手が、ぐいと玄武の身体を引く。倒れ込むように朱雀の上に乗り上げると、そのまま身体を重ねあわせるように抱き合った。
「あっちい」
「後でクーラー付けるか」
「おう。……あ」
「ん?」
「忘れてたぜ。おかえり!」
 それまでの空気を忘れたかのように、朱雀は満面に笑みを浮かべてそう言った。ついきょとんと見下ろして、それから、玄武が頷く。細めた目の隙間から見える光景をひどく大切に思いながら、触れた熱を柔らかに擦る。
「ただいま」
 いっそこのまま、眠ってしまってもいい。

 過ごした時間の長さは、生まれてきてからの8分の1にも満たない。
 否応なく流され、抗って自らで掴みとった道の先、きっとここが、自分の場所なのだと。
 お前の傍が。

「……おい、玄武」
「…………」
「玄武」
「…………」
「……あー、おやすみ」

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