【プチ徐】あったかもしれない世界2

終了を告げるチャイムが鳴り響くや否や瞬く間に生徒達のざわめきが教室を支配する。
「あー、終わったーっ。ん~~~」
椅子を後ろに傾け、ぐぐっと背筋を伸ばす。適当に授業を受けていた疲労感が和らいだ気がした。徐倫が短く詰まった息を吐き、中身の殆どが教材ではない鞄を持ち席を立てば――、教室の扉近くで手招きする人物と目が合った。控えめに手招きする姿に思わず徐倫は自分自身を指差す。すると、そうそうと云わんばかりに頷いたので疑問に首を傾げつつ呼んでいる人物の元へ歩を進める。



「どうしたの先生?」
手に持った鞄を肩に乗せ扉近くに来た徐倫が問い掛ける。
「徐倫さんにお礼が言いたくて」
「お礼?」
はにかむ相手に徐倫が再び首を傾げた。はて、何かお礼を言われるようなことをしただろうか。
「分からない?」
悪戯っぽく笑うのも可愛らしい今年入ったばっかりの新米教師ペトラに降参だと云わんばかりに徐倫が両手を肩の高さまで上げた。
「降参よ」
降参宣言した時に手を軽く叩いたペルラが「私の勝ちね」と茶目っけたっぷりに言うのもまた変に着飾らない可愛らしさがある。
そして、その場で長い髪を靡かせながら一回転すれば漸く合点がいった徐倫がポンっと手を叩く。長い髪を後方で一括りにしている乳白色のバレッタにはとても見覚えがある。
昨日の件を想起した徐倫から自然と自虐的な嘲笑が鼻から漏れた。産れてきた中でツイていない日の上位5位以内に堂々ランクインする実に最高で愉快な日だった。しかし、見立て通りペルラに似合うバレッタの具合に徐倫が満足気にサムズアップする。
「上出来ってとこね」
「ええ、とっても。可愛くて綺麗で。私これ気に入っちゃったから毎日付けたくなっちゃう」
ペルラの言葉にキョトンとした徐倫だったが僅かの間を置いて噴出し、それにつられペルラもクスクス笑った。
「徐倫さん素敵なプレゼントを選んでくれてありがとう。お礼を言わなかった兄の分も含めお礼を言うわ」
目尻に薄ら浮かぶ笑い過ぎた涙を拭い、改まって御辞儀をするペルラの礼儀正しさに徐倫は照れ臭くなるのを誤魔化すために後頭部を軽く掻き毟る。
「いいって先生。そんなことしなくってもよ。あたしはただ選んだだけって……、ん?兄の分も含めて??」
何かが突っ掛る。頭の中で突っ掛る正体を探る徐倫にペルラ自身が説明する要領で突っ掛る正体を語りだした。
「この贈り物、あなたに選んでもらったとエンリコ兄さんに言われた時は色々な驚いたわ。だってドミニコ兄さんより其方方面に疎いというか、関係の無い世界に身を捧げた人だから――、まさかこんな贈り物を選んでくれるなんて、ってね?それで聞いてみたの。そしたら何も隠さずに徐倫さんの見立てだって、己自身の力不足を痛感したって深く自省し始めちゃった時には私も一緒にいたドミニコ兄さんも二人揃って開いた口が閉じ無かったわ。人生で一番驚いた瞬間よ!」
興奮気味に両拳をブンブン胸の前で上下に振りやや前のめりで熱く語る先生は本当に年上なのだろうかという疑問が徐倫の頭を駆け巡り、結果可愛ければ問題ないというのに不時着した。可愛いは正義。兄が如何であろうとも妹であるペルラに罪は無い。
「それでね、ドミニコ兄さんあなたとも親しい間柄じゃない?もう、すごい剣幕で”徐倫に何をした”って詰め寄って襟首掴み上げて今にも殴り掛りそうになった時はほんと大変だったわぁ。その後、事細かに説明してくれたけどドミニコ兄さんは納得していないみたいで……、今日徐倫さんに昨日の出来事を聞き次第処分を決めるって言って聞かなくて。それで、あの…如何なの?」
「如何って……」
正直に物申せば無理矢理連れて行かれたに近い。が、ペルラの哀願に似た上目使いに言葉が詰まる。ありのままを言えば確実ウェザーの鉄拳制裁がプッチに降りかかるだろう。しかし、この雨に濡れた捨て犬以上の庇護欲を誘うペルラの面持ちにそんな酷いことを言えるだろうか。答えは聞かずとも徐倫の中で出ていた。
「た、たまたま待ちで会ってそれからプレゼント一緒に選びに行っただけだよ……」
「本当?無理矢理連れて行かれたり、強引な手で引きとめたりしなかった?」
「アタリマエジャナイカ」
「そう…、そうなのね!良かった!」
「(……やれやれだわ)」
嘘は言っていない。そこに徐倫の心情やその他細かいことの諸々を端折っただけ。
打って変わって喜びで小さく飛び跳ねるペルラの姿に癒される事しか考えたくない徐倫の眼差しは近くを見ているようで何処か遠くの方を眺めるような眼差しだった。察しが良い者なら徐倫の片言や露骨な態度に気付きそうだが、ペルラは気付かず素直に喜び安堵している。
折角のチャンスを棒に振った、なんて残念がっても何もならない。いつか己の手で――と、物騒な事を考えている徐倫は突如目の前に突き出されたシンプルな包装紙の存在に面を食らう。
「これ、選んでくれたのと兄に付き合ってくれたお礼」
語尾にハートマークが付きそうな甘ったるい言葉と共に包装紙の影から顔を覗かせる天使に兄馬鹿になる気持ちが分かった気がした。
「ふふ、ありがと先生」
此処はありがたく頂く徐倫にペルラの周囲に花が舞う。一挙手一投足に滲む愛らしさに思わず目上で先生という立場であったが、ペルラの頭を優しく撫でた。さすがに「これでも先生なんだからねー」とぷりぷり怒るも余り怖くない。むしろ可愛い。
「それじゃあ遠慮なく貰っていくわ」
「勿論、気にってくれるといいのだけれど」
「先生が選んでくれたモンなら何だって可愛いから平気だって」
「え、ええ…。気を付けて帰ってね……」
「先生もなー」
別れの挨拶も程々に徐倫を見送ったペルラは自身の心に刺さる小さな棘に胸を痛めた。痛む胸を抑えるように掌を置く姿は後悔と悲しみを漂わせる。
「言った方が良かったかしら――、でも……嗚呼、ごめんなさい。意気地無しでごめんなさい……」
口元を隠しよよよと泣きながら走り去るペルラの涙が太陽光に照らされ小さな光の粒となりキラキラ輝いていた。廊下は教師も生徒も走ってはいけない規則を破る彼女の前には体よく誰もおらず、誰もいなければ注意されず、慟哭の丈を聞く者もいない。
「本当はエリンコ兄さんが選んだものなの…、私じゃないの……、でも、徐倫さんの明るい笑顔を見てしまったら言えなくなってしまって……ごめんなさい、ごめんなさい」



だが、ペルラが懺悔していることが全てでは無いことをペルラは知らない。





自室の扉を開け、机の上に鞄を置き目当てのものを中から探り当て、早々包装を解いた徐倫は一人感嘆の声を上げる。
「蝶のブレスレット――、さすが先生わかってるゥゥゥ」
浮かれながら早速手首に付ける。チャラリと鎖の音と心地好い冷たさが広がる。ペルラとの好みは真逆に近いものの、やはりセンスがある者は違う趣味であろうとも外れを選ばない。
「あたしも気に入ったから毎日付けていっちゃおうかな~」
基本学業にアクセサリー系はご法度なのからわざと目を逸らす徐倫が上機嫌に鼻歌を歌う。もう一度、手首に巻いた其れを眺め指で撫でればブレスレットに込められた想いが指先から全身に伝わるような気がした。自然と弧を描く口元を引き締められない喜び。
「大切にしよう」
行儀悪くベッドに仰向けでダイブして傾向越しに見上げるブレスレットを見詰める徐倫の目が優しげに眇められた。












会計を済ます直前、レジまでの道のりの一角。目が止まったかと思えば無意識に手を伸ばしていた。
衝動買いだった。特設コーナーの看板に惹かれたと云っても過言ではない。俗世に疎い身でも其れが何を示しているのか分からないわけではない。
あとは、どのように渡すか。少し思案に耽っていればプレゼント選びに付き合ってくれた件の者が不機嫌を顕わにしながら帰ってしまった。遠ざかる背を追い掛けるのは容易だった。だが、……プッチはそれをしなかった。
「(丁度いい…)」
礼を言わなかったのを出しにして、且つ礼だと云ってこれを妹伝いに渡してもらおう。己自身が直接渡したところで即座に返ってくるのは目に見えている。ならば素直に受け取り返す事を憚る者に渡してもらう方が悧巧というもの。妹に御使い染みた行為をさせるのは少々心苦しいが、次の機会に今回のとは別に彼女の好きな事か好きな物を贈ろう。

扉を背中越しで閉め鍵を掛けたプッチは懐に仕舞っていた包装から中身を取り出した。二つ、微かな金属音をたて滑り出るブレスレットに口端が俄かにつり上がる。
「どの道、わたしと君が顔を合せる事自体少ないのだ。バレやしないだろう」

手首に光るクロスのブレスレット見てはプッチはほくそ笑んだ。

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