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祈願岩


 信仰の形ってのは掃いて捨てる程にある。
 例えば自然、例えば道具、例えば建物、例えば死人。教え導く神や仏もあれば、罰を与える鬼もいる。
 この辺の集落の人間は岩に信仰を見出したようだ。
 生い茂る森の中、不自然に木が生えていない開けた場所に鎮座するのは大の大人が肩車してもてっぺんに届かないような大きな岩。荒々しく削られたかのような楕円が縦に伸び、上の方に大きな穴が開いている。ギリギリ向こう側を見ることが出来ない、けれども、幼児一人くらいなら雨を凌げるような深さがあった。
 かつてこの地には鬼がいて、悪さをする子供を夜な夜な攫っていたらしい。どうか返してくださいと三日三晩両親が泣きながら祈りを捧げていると、この岩の傍、或いは穴の中に子供が戻ってきていたのだという。以降この岩は悪さをする子供を見張る鬼の目、鬼眼岩として奉られるようになった。土着信仰にはよくある話だ。その信仰も現代化によって薄まったのか、供え物を置く場所すら雑草に覆われて見えないけれど。
 自然現象が原因で珍しい形になった岩を、奇岩という。そこに人々が言い伝えなんかを交えて、この岩は信仰の集まる岩になった。悪さをすれば攫われるぞ、あの鬼眼岩が見ているからな、なんて言って。子供が居なくなればこの岩に縋って祈り、子供が帰ってきたらお礼参りに来るのだろう。
 たかが岩っころに鬼を見出したなんて、人間はなんて救いようのない愚か者だろう。
 
 神や鬼なんていやしない。
 神がいるから罰が与えられる? 違う。人が望むから神が生まれるのだ。
  
 「奇岩」
 「あ?」
 「シズちゃん、この岩、祈願岩って呼ばれているらしいよ」
 「キガンイワ?」
 「鬼の眼をした岩って意味だよ。確かにそう見えなくもないかな。もう壊れちゃったけど」
 
 変わった形の岩、鬼の目の岩、祈りの岩。
 こんな辺鄙な場所に本来なら来ない俺達が偶然通りかかって、シズちゃんが暴れて、岩は砕け散ってしまった。
 果たして岩のなれの果てを見て、集落の人間はどう思うのだろうか鬼の不在を嘆くのか、鬼の死を喜ぶのか、はたまた壊した存在を新たな神や鬼にするのか。
 シズちゃんがこの地の新たに神様になるかもしれない可能性を考えて……やめた。
 人々から鬼を奪った男は、砕けた岩を見つめているだけだった。

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