ジャンル:進撃の巨人 お題:忘れたい誰か 制限時間:2時間 読者:897 人 文字数:2026字 お気に入り:0人
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忘れたかった声


  兵団本部からの帰途であった。
 ウォールローゼでトロスト区へ向かう船に乗り換えるのに、だいぶ時間が余った。
 エルヴィンがミケが、少し遅い昼食の為に手頃な店を探している最中だった。
 商店の間の小道から出てすぐ、薬屋の玄関ポーチの階段で、幼女と少女が座って話
していた。7~8歳前後と13,4歳位であろうか。姉妹のように見えた。
「これはあたしが持っていくの。あたしも母さまのお手伝いするの」
「それじゃあ、この布と毛糸を持ってね。この籠に入れるから、落とさないようにね」
「リンゴはどうするの?」
「林檎は姉さまが持っていくから大丈夫よ」
「母さま、まだ?」
「もう少しよ。ここで姉さまと待っていようね」
 姉の方の声を聞いて、エルヴィンの足が止まった。耳に入ったその声が、20年近く
前のエルヴィンの記憶を呼び戻した。忘れることの無かった記憶。若い頃は忘れたい
とすら思いながら、恋焦がれた声だった。
 姉妹の方に振り返ったエルヴィンに、姉の方が気付いた。妹から視線を外し、エル
ヴィンとミケを見上げた。
 エルヴィンは、時間が戻ってしまったような錯覚を感じた。
「――マリー?」
 姉の方は一瞬きょとんとした顔を見せると立ち上がり、僅かな警戒心を滲ませなが
らエルヴィンに訊ねた。
「母の、お知り合いですか?」
 その一言で、エルヴィンは現実に引き戻された。そうだ、マリーがこんなに幼い筈
がない。あれからもう20年近く経っているのだ。目の前に立っている少女は、あの時
のマリーよりも少し幼かった。
 姉の傍で玄関ポーチの階段に座っていた妹は、長身の2人の男を驚いた顔で見上げ
ている。ミケのような2メートル近い大男に驚いた様子だった。姉のスカートを、小
さな手で握り締めている。反対の手に持った小さな丸籠には、青色の布と八の字に束
ねられた翠色の毛糸の束が入っていた。
 カラン、カランという釣鐘の音と共に薬屋のドアが開いた。エルヴィンと姉の視線
がそちらに向く。
「毎度どうも、ドークさん。足元に気をつけてね」
 店主の妻だろうか、中高年の女がドアを押さえながら、客を見送った。「ありがとう
ございます」と言いながら、30代後半くらいの女性が薬屋から出てきた。マリーだった。
妊娠しているのか、大きくなった腹部を大事そうに手で押さえながら、玄関ポーチの階
段をゆっくりと下りてくる。姉が手を差し伸べた。
 妹が「母さま」と言いながら、女性の傍に歩み寄る。マリーがエルヴィンに気付いた。
「あら、まぁ。スミスさん?お久し振りです。何年振りかしら」
「君も・・・元気そうでよかった」
 長年の不義理の気まずさを隠しながら、エルヴィンが答える。ミケがエルヴィンの
肩を指で軽くつついて、通りの先の食堂を後ろ手に指差した。
「この先の店で待ってる」
「あぁ、すまない。すぐに追いつく」
「気にするな」
 ぼそっと言うと、ミケは店に向かって歩いて行った。彼なりにエルヴィンに気を使
ってくれたのだ。
「上の娘には生まれた頃に会ってますよね?あぁ、下の子は初めて会うかしら?」
「そうだな。すまない。会いに行けなくて・・・娘さんと君を間違えてしまった。ナ
イルと出会った頃の君とそっくりだったから・・・」
「えぇ?もう随分昔の話ですよ?似ているとは言われるけど、私はもう今年37に
なるんですよ」
 確かに出会った頃より老けてはいたが、笑った顔の雰囲気は昔のままだった。
 良かった。彼女は幸せそうだ。エルヴィンも自然に笑顔になれた。気まずさはもう
感じなかった。あの頃感じた心の痛みも記憶の向こうにある。今となってはそれも思
い出だった。忘れたいと思った事すらあった笑顔を、また見れた事が嬉しかった。
「子供が・・・産まれるんだね。おめでとう。言うのが、遅くなってしまったが・・・」
「ありがとうございます。でも、今度の子はとても重くて。男の子かもしれませんね」
「ナイルが喜ぶよ。体に気をつけて。大事にしてくれ」
「スミスさんも。来月、また壁外調査に出るんでしょう?お気をつけて」
「ありがとう。ミケが待ってるからもう行かないと」
「あぁ、すみません。お仕事中でしたわね。今度うちにもいらして下さい。主人も喜
びますから」
「ありがとう。それじゃ・・・」
 そう言って歩き出した後、エルヴィンはふと振り返った。特に理由があったわけで
は無かった。幼い妹の方が彼に向かって小さな手を振っていた。エルヴィンも小さく
微笑むと手を振り返した。
 幸せを絵に描いたような3人、否4人の母子であった。ナイルが手にいれた、守って
きた普通の幸せ。自分が若い頃に置いてきたもの。
 後悔はしていない。自分の使命と夢は壁外にあるのだから。
 エルヴィンはマリー達に背を向けると、足を速めて人ごみの間を歩き出した。



拙作にお付き合い頂き有難うございました。

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