ジャンル:血界戦線 お題:夜と団欒 制限時間:30分 読者:501 人 文字数:2540字 お気に入り:0人
[削除]

コーヒーとスコッチ


 一応の終業時間は十八時ということになっている。
 始業は九時から。だが守っている人はほとんどおらず、平気で二週間こない人もいれば、毎日律儀に来る人もいるし、一瞬だけ顔を出したかと思えばとっととパトロールだの任務だのに向かってしまう人ももちろんいる。
 その日話が盛り上がれって目立った事件がなければ、そこから酒を買いに行って呑みはじめることもあれば、仕事が詰まっていて帰るだなんてとんでもないということもままあった。レオはそんなことしたことはないが、創設直後は二週間くらい雑魚寝で事務所に詰めたこともあるらしい。

 夜はビヨンドの時間だ。
 ヒューマーと死にかけのニューヨークは眠りにつき、ビヨンドは目を覚ます。
 学者の研究によると、実際に濃霧の範囲が日の入りと共に広がっているらしい。そんなことを真剣に研究している学者がいるのかどうかすら疑問ではあるが。

 昼間にも活動するビヨンドの生物は、その在り様が人間にきわめて近いのだそうだ。
 どう見ても人間じゃないとか、そもそも何もかもが違うというのは分かる。でも、肉体の構造や生体組成が違っていても、あくまで異界人の中では、ヒューマー寄りなのだそうだ。確かに昼間を生きる異界人の多くはちゃんと服を着ているし、ヒューマーのような生活を好む。金を払って物を買う、というのは限りなくヒューマーに近い考え方だ。たまにそういうのが分からない異界人もいるが、すぐさまポリスーツに連行されて大崩落の奈落に逆戻り。
 夜がやってきて、霧が濃く深く低いところを漂いはじめると、生存確率なんて天気予報よりアテにならなくなる。日が沈めば、その場でじっとしているのが最も賢い。特にそこが、自分の知っている場所ならば。

 こんこん、とノックの音がした。
 顔を上げると、スティーブンがコーヒー片手に佇んでいる。開きっぱなしのドアをわざわざノックするところあたり、彼もクラウスに負けず劣らず育ちが良いのだろうなと思う。

「帰っていないのかい?」
「はい。帰りそびれちゃって」

 実は現在、電気を止められてしまっているので家で何も出来ない。たとえバイトなしでは食っていけなかろうが、ライブラで一日の大部分を過ごしていようが、レオナルドの本職は新聞記者である。「ヘルサレムズ・ロットの歩き方」について取材してこい。金は出せんが、退職もしなくていい。原稿がそろえば本にしてやる。そう言ってくれたのは故郷で勤めた新聞社のデスクだった。全然売れてないオカルト雑誌や、眉唾の週刊誌ばかり出していて、近年は面白いウェブテキストで一山当てようとしているような人だったが、誰もが捨てる人情を捨てられない人だった。だから空いている時間は「神々の義眼」についての調査と、出るかも分からない「ヘルサレムズ・ロットの歩き方」の原稿をまとめ続けていた。いつか自分一人の手で一冊の本が出せたら。しかもそれが「ヘルサレムズ・ロットの歩き方」なんて本だったら、きっと最高だ。いつまでもここのことを忘れないで生きていける。まぁ、書いたそばから観光スポットも美味しいランチの店も壊れていってしまうのだけがタマにキズだが。
 壊れかけポンコツタブレットでぽちぽちと原稿を打ち込んでは、ちまちまとオンラインストレージに保管する。
 電気の止まったアパートでは、充電の減りが速すぎるタブレットでの作業は辛い。事務所を充電スポット変わりにするのは申し訳ないとは思うものの、ギルベルトがいいと言ってくれるので甘えてしまっていた。

「日記?」
「いえ。記事です」
「そうか。そういえば君は新聞記者だったな」
「はい」
「何故アルバイトを? ヘルサレムズ・ロット・タイムスなんかに志願してみればいいのに」
「あそこの離職率知ってます?」
「八十二パーセント。そのうち九十五パーセントが殉職だな」

 そんなところで働くなんてとんでもない。情報が手に入っても、死んでは意味がないのだ。少なくともミシェーラの視界を取り戻さないことには、絶対に死ねない。それに、一介の新聞記者にライブラと同等の情報が手に入るとは思えない。

「呑むかい?」

 カップを差し出される。中ではブラックコーヒーが揺れていた。口をつけた様子はない。

「スティーブンさんは?」
「僕はこっち」

 そう言って胸元から小瓶を取り出した。飴色に輝くクリスタルガラスのそれは、おそらくスコッチだ。

「ライブラのことは書いてる?」
「まさか。ヘルサレムズ・ロットの歩き方ですよ。観光ガイドですから、ライブラの情報はいりません」
「観光? この街に?」
「需要はあると思うんですけどね。安全であれば」
「そこが一番難しいな」

 有難くコーヒーに口をつける。体の中を温かい物がゆっくりと落ちていって、ほう、と息を吐いた。スティーブンもスコッチを一舐めして、ふ、と息を吐く。

「スティーブンさんだったら、どうやってこの街を観光案内します?」
「うーん。安全第一だろ? 難しいな」
「じゃあオススメのレストランとか。気軽にランチが出来るような」
「あぁ。レードナンスのランチが美味いよ。店主が呪術を使うらしくて、開業以来潰れたことがないのもウリの一つだ」
「潰れた回数かぁ」

 確かにいいかもしれない。右上に「潰れた回数」または「危険度」。あと「美味しさ」なんかを五つ星でつけておくと分かりやすいかもしれない。

「観光スポットも区画クジで結構変わるからなぁ」
「それが難点なんですよ!」
「ふむ。意外と考え甲斐のあるテーマじゃないか。よし、少し本腰を入れよう」
「いいんですか? 仕事は?」
「どうせ夜は長いし、今手元にあるものは全部“締め切りは僕次第”だよ」

 実は僕も帰りそびれただけでね。そう言ってスティーブンは困ったように笑った。
 それなら安心だ。それに、スティーブンなら顔も知らない観光客でも素敵にエスコートしてくれそうである。それに彼の顔が楽しそうだったから、止めるのも忍びなかった。
 夜はまだ長い。霧に閉じ込められた街で、脳内で夜の散歩にでかけよう。
 コーヒーとスコッチをおともに、眠気の限界がくるまで。

同じジャンルの似た条件の即興二次小説


ユーザーアイコン
作者:秋月蓮華 ジャンル:血界戦線 お題:出来損ないの小説家 制限時間:30分 読者:110 人 文字数:1644字 お気に入り:0人
(オリキャラ居るよー)【ライブラのとある日】その日、レオナルド・ウォッチがライブラの執務室に入るとソファーでエルセリーザ・ディライトが仰向けに寝そべりながら小説 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:世界の墓場から ジャンル:血界戦線 お題:小説家たちのサッカー 制限時間:30分 読者:433 人 文字数:2386字 お気に入り:0人
僕が文筆家を目指したのはなんてことはない、僕にとって多くのものをことばにするという行為が息をするのと同じだったからだ。こういうと難しいけれど、つまり僕は日記を書 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:りっしんべん ジャンル:血界戦線 お題:情熱的な経歴 制限時間:30分 読者:453 人 文字数:1040字 お気に入り:0人
「ハロー、ミスターステファン」 呼ばれたスティーブンは振り返り、そして振り返ったことを後悔した。「えー、と。どうも、ミスター……」「ダニーで構いませんよ。ステフ 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:世界の墓場から ジャンル:血界戦線 お題:煙草と祖母 制限時間:30分 読者:437 人 文字数:2154字 お気に入り:0人
ニコチンとタールが僕の妹の両足を奪った訳ではない。そうだと分かっている、と言い切りたいところだけれど、ミシェーラの足がなんで生まれつき動かなかったのかは、単純に 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:りっしんべん ジャンル:血界戦線 お題:東京血 制限時間:30分 読者:446 人 文字数:1241字 お気に入り:0人
それは極東の島国より来た。 血界の眷属と呼ぶにはあまりに人をかけ離れ、しかしグールたちとも違う。 かの異界人の名を、ただ一言――鬼と呼んだ。「止まれ……ッ!」 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:こけら。 ジャンル:血界戦線 お題:あいつと話 制限時間:30分 読者:387 人 文字数:971字 お気に入り:0人
自分には、後ろめたいものが山ほどにある。そして、クラウスはそれをよく分かっている。分かった上で、何も訊かずにいてくれている。そう思っていた。いや、正確には、そう 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:こめの!後はなんだァ! ジャンル:血界戦線 お題:苦しみの汁 制限時間:30分 読者:440 人 文字数:708字 お気に入り:0人
「時にクラウス、君はコーヒーを嗜むことはしないのか」常日頃からギルベルト氏の紅茶に舌鼓を打つ姿は見慣れているが、彼がティーカップでなくコーヒーマグを持っている所 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:世界の墓場から ジャンル:血界戦線 お題:肌寒い芸術 制限時間:30分 読者:509 人 文字数:1743字 お気に入り:0人
七歳の冬に洗礼を受けた。そういう気まりだったから。腰まで水に浸かって、そして頭からもかけられる。それが何を意味するのかは分からなかった。生まれなおすこと、羊水か 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:りっしんべん ジャンル:血界戦線 お題:複雑な体 制限時間:30分 読者:836 人 文字数:1356字 お気に入り:0人
「うっ……わぁ」 ダニエル・ロウが食べかけの特製サンドウィッチから、ソースが垂れることすらも忘れて見入ったのは、視線の先から歩いてくる見知ったモデル体型の男だっ 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:りっしんべん ジャンル:血界戦線 お題:きちんとした第三極 制限時間:30分 読者:639 人 文字数:1150字 お気に入り:0人
今日のスティーブンは珍しく緊張していた。いつもよりコーヒーを2杯も多く飲んでは、その緊張をごまかしている。 なにせ、今日は我らが愛すべきライブラのリーダー、ク 〈続きを読む〉

匿名さんの即興 二次小説


ユーザーアイコン
作者:匿名さん ジャンル:スタンドマイヒーローズ お題:誰かと奈落 制限時間:30分 読者:6 人 文字数:1126字 お気に入り:0人
誰かと奈落に落ちるなら。そんな例え話を聞いたのは先日の外務省関連の飲み会だったろうか。奈落といえば仏教における地獄だ。地獄ということは大いなる罪悪を犯した者が、 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:匿名さん ジャンル:グランブルーファンタジー お題:今度のお天気雨 必須要素:ゴルゴンゾーラ 制限時間:15分 読者:6 人 文字数:535字 お気に入り:0人
「あらー」上空から降ってきた雨を見もしないで、仲間と逸れた特異点は、地面と水滴が響かせる雨音を聞きながら、葉が零してしとどになった髪を後ろに流して、しまったなと 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:匿名さん ジャンル:スタンドマイヒーローズ お題:帝王の誤解 制限時間:30分 読者:9 人 文字数:1192字 お気に入り:0人
「ほ~ん。それで?マトリちゃんは何をご所望なの?」ぐいっと近寄られると、端正な顔立ちと射抜くような瞳にがんじがらめにされているように動けなくなる。「えっと、です 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:匿名さん ジャンル:名探偵コナン お題:12月の勝利 制限時間:15分 読者:15 人 文字数:784字 お気に入り:0人
昔ある脱出系バラエティ番組でこのような暗号を見たことがある。色のついたコードが何本かあり、暗号を解いて正解のコードを切れば外に出れるというものだった。『12月 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:匿名さん ジャンル:名探偵コナン お題:地獄のにおい 制限時間:15分 読者:11 人 文字数:610字 お気に入り:0人
あなたはドリアンという果物を知っていますか。ドリアンとは30cmほどの周りがとげとげした薄い緑色の果物です。面白いことにドリアンを飛行機には持ち込むことができ 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:匿名さん ジャンル:名探偵コナン お題:美しい軽犯罪 制限時間:15分 読者:13 人 文字数:462字 お気に入り:0人
最近、学校帰りの道にある喫茶ポアロにイケメン店員がいると友達が耳元で騒いでうるさい。「ホントのホントにかっこいいの」と友達は鼻息を荒くして妄想モードに入る。まぁ 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:匿名さん ジャンル:ギャグマンガ日和 お題:安全な妻 制限時間:4時間 読者:10 人 文字数:1068字 お気に入り:0人
この時代に生まれた事、心底呪っている。子供を増やせ増やせと。徳川の貴重な跡継ぎがどうとかこうとかと。腹が立つ。何なんだ。何も知らぬ癖して。別に私は好きでこの立場 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:匿名さん ジャンル:スタンドマイヒーローズ お題:愛と憎しみの螺旋 制限時間:30分 読者:11 人 文字数:1242字 お気に入り:0人
「私を内偵に行かせてください」関のデスクの前で、声を荒げた玲に捜査企画課の全員が振り返る。また無茶を、という視線。よくやるな、という視線。そういうものがあっても 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
flight ※未完
作者:匿名さん ジャンル:スタンドマイヒーローズ お題:かたい笑顔 制限時間:30分 読者:13 人 文字数:996字 お気に入り:0人
もう何度目かのデートがお預けになって、さらには出張のおまけ付きと言えば、さすがに書類をぶん投げたくもなる。文句の言い過ぎでミサキちゃんにも呆れられた。「出張、で 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:匿名さん ジャンル:ワールドトリガー お題:恋の行動 制限時間:4時間 読者:14 人 文字数:286字 お気に入り:0人
恋、とは。今まで興味もなく、まさか自分がするとは思っていなかった。それは数日前。本当に、ちょっとしたきっかけだった。幼馴染の千佳に、恋をする日が来ようとは。でも 〈続きを読む〉