ジャンル:血界戦線 お題:夜と団欒 制限時間:30分 読者:447 人 文字数:2540字 お気に入り:0人
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コーヒーとスコッチ


 一応の終業時間は十八時ということになっている。
 始業は九時から。だが守っている人はほとんどおらず、平気で二週間こない人もいれば、毎日律儀に来る人もいるし、一瞬だけ顔を出したかと思えばとっととパトロールだの任務だのに向かってしまう人ももちろんいる。
 その日話が盛り上がれって目立った事件がなければ、そこから酒を買いに行って呑みはじめることもあれば、仕事が詰まっていて帰るだなんてとんでもないということもままあった。レオはそんなことしたことはないが、創設直後は二週間くらい雑魚寝で事務所に詰めたこともあるらしい。

 夜はビヨンドの時間だ。
 ヒューマーと死にかけのニューヨークは眠りにつき、ビヨンドは目を覚ます。
 学者の研究によると、実際に濃霧の範囲が日の入りと共に広がっているらしい。そんなことを真剣に研究している学者がいるのかどうかすら疑問ではあるが。

 昼間にも活動するビヨンドの生物は、その在り様が人間にきわめて近いのだそうだ。
 どう見ても人間じゃないとか、そもそも何もかもが違うというのは分かる。でも、肉体の構造や生体組成が違っていても、あくまで異界人の中では、ヒューマー寄りなのだそうだ。確かに昼間を生きる異界人の多くはちゃんと服を着ているし、ヒューマーのような生活を好む。金を払って物を買う、というのは限りなくヒューマーに近い考え方だ。たまにそういうのが分からない異界人もいるが、すぐさまポリスーツに連行されて大崩落の奈落に逆戻り。
 夜がやってきて、霧が濃く深く低いところを漂いはじめると、生存確率なんて天気予報よりアテにならなくなる。日が沈めば、その場でじっとしているのが最も賢い。特にそこが、自分の知っている場所ならば。

 こんこん、とノックの音がした。
 顔を上げると、スティーブンがコーヒー片手に佇んでいる。開きっぱなしのドアをわざわざノックするところあたり、彼もクラウスに負けず劣らず育ちが良いのだろうなと思う。

「帰っていないのかい?」
「はい。帰りそびれちゃって」

 実は現在、電気を止められてしまっているので家で何も出来ない。たとえバイトなしでは食っていけなかろうが、ライブラで一日の大部分を過ごしていようが、レオナルドの本職は新聞記者である。「ヘルサレムズ・ロットの歩き方」について取材してこい。金は出せんが、退職もしなくていい。原稿がそろえば本にしてやる。そう言ってくれたのは故郷で勤めた新聞社のデスクだった。全然売れてないオカルト雑誌や、眉唾の週刊誌ばかり出していて、近年は面白いウェブテキストで一山当てようとしているような人だったが、誰もが捨てる人情を捨てられない人だった。だから空いている時間は「神々の義眼」についての調査と、出るかも分からない「ヘルサレムズ・ロットの歩き方」の原稿をまとめ続けていた。いつか自分一人の手で一冊の本が出せたら。しかもそれが「ヘルサレムズ・ロットの歩き方」なんて本だったら、きっと最高だ。いつまでもここのことを忘れないで生きていける。まぁ、書いたそばから観光スポットも美味しいランチの店も壊れていってしまうのだけがタマにキズだが。
 壊れかけポンコツタブレットでぽちぽちと原稿を打ち込んでは、ちまちまとオンラインストレージに保管する。
 電気の止まったアパートでは、充電の減りが速すぎるタブレットでの作業は辛い。事務所を充電スポット変わりにするのは申し訳ないとは思うものの、ギルベルトがいいと言ってくれるので甘えてしまっていた。

「日記?」
「いえ。記事です」
「そうか。そういえば君は新聞記者だったな」
「はい」
「何故アルバイトを? ヘルサレムズ・ロット・タイムスなんかに志願してみればいいのに」
「あそこの離職率知ってます?」
「八十二パーセント。そのうち九十五パーセントが殉職だな」

 そんなところで働くなんてとんでもない。情報が手に入っても、死んでは意味がないのだ。少なくともミシェーラの視界を取り戻さないことには、絶対に死ねない。それに、一介の新聞記者にライブラと同等の情報が手に入るとは思えない。

「呑むかい?」

 カップを差し出される。中ではブラックコーヒーが揺れていた。口をつけた様子はない。

「スティーブンさんは?」
「僕はこっち」

 そう言って胸元から小瓶を取り出した。飴色に輝くクリスタルガラスのそれは、おそらくスコッチだ。

「ライブラのことは書いてる?」
「まさか。ヘルサレムズ・ロットの歩き方ですよ。観光ガイドですから、ライブラの情報はいりません」
「観光? この街に?」
「需要はあると思うんですけどね。安全であれば」
「そこが一番難しいな」

 有難くコーヒーに口をつける。体の中を温かい物がゆっくりと落ちていって、ほう、と息を吐いた。スティーブンもスコッチを一舐めして、ふ、と息を吐く。

「スティーブンさんだったら、どうやってこの街を観光案内します?」
「うーん。安全第一だろ? 難しいな」
「じゃあオススメのレストランとか。気軽にランチが出来るような」
「あぁ。レードナンスのランチが美味いよ。店主が呪術を使うらしくて、開業以来潰れたことがないのもウリの一つだ」
「潰れた回数かぁ」

 確かにいいかもしれない。右上に「潰れた回数」または「危険度」。あと「美味しさ」なんかを五つ星でつけておくと分かりやすいかもしれない。

「観光スポットも区画クジで結構変わるからなぁ」
「それが難点なんですよ!」
「ふむ。意外と考え甲斐のあるテーマじゃないか。よし、少し本腰を入れよう」
「いいんですか? 仕事は?」
「どうせ夜は長いし、今手元にあるものは全部“締め切りは僕次第”だよ」

 実は僕も帰りそびれただけでね。そう言ってスティーブンは困ったように笑った。
 それなら安心だ。それに、スティーブンなら顔も知らない観光客でも素敵にエスコートしてくれそうである。それに彼の顔が楽しそうだったから、止めるのも忍びなかった。
 夜はまだ長い。霧に閉じ込められた街で、脳内で夜の散歩にでかけよう。
 コーヒーとスコッチをおともに、眠気の限界がくるまで。

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