ジャンル:スラムダンク お題:不本意な窓 制限時間:1時間 読者:363 人 文字数:2644字 お気に入り:0人

【形花・腐向け】細工もの

 休日を迎えた桜木は珍しく、一人で熱燗などを飲んでいた。太陽が沈みきった午後の九時、気の知れた主人と二人でいる居酒屋は心地好くて、ともすれば酔いの為に眠ってしまいそうだった。季節も春を迎え、夜風は美しい花の香りを運んでくるようだ。今はカウンター席で焼いたイカの香りを楽しみつつ、揚げたてのからあげを受け取った。
 他に客はいないから、主人と二人でテレビを見た。特に面白くもない番組が延々と流れ続けているが、酒のお陰で気にはならない。それ以上に、心に引っかかるものがあったのだ。
「まだかよ、あいつ……」
 時計をちらりと見やって、桜木は呟いた。それを聞いた主人は桜木がおごったビールをぐいと飲んで、陽気に笑った。
「来づらいんでしょ、彼も。ああじゃね……」
「まあ、ああじゃなあ……ああじゃなかったらよかったんだけど……いや、ああでもいいのか」
 自分の口の中であれこれと転がすと、熱燗のおかわりをもらおうとした。
 丁度その時、がらりと扉が開いた。外に吊るしてある赤いちょうちんがふわりと風に揺らいだのが一瞬見えて、その後を扉が追った。が、ぴしゃりとは閉まらないで、のれんの端を巻き込んでしまった。彼は――花形はもう一度扉を開き、紫色ののれんを丁寧に向こう側へやると、男には不似合いなほどにそっと閉めた。
 それから何も言わずに長い脚で歩いてきて、桜木の横で立ち止まった。イカの頭をもぐもぐとやりながら、無言で彼の瞳を見つめてみる。花形に一切の余裕が無いというわけではないのだが、桜木にはきらきらと照らされているような余裕があって、この場合どちらが有利なのか、考えずともわかることである。
「何してんだよ。いい加減座れよ」
「ああ……」
 花形は背もたれの無い木の椅子を引くと、ゆっくりとかけた。震えもしないのに落ち着きがないのがわかる。だから桜木は言ってやった。
「マスター、熱燗二つ」
「はいよー」
 花形は桜木をちょっと見て、何やら「熱燗……」と呟いたが、それきりで終わってしまった。後は壁やカウンターに貼られている品物の名前を確認している。
「はい、熱燗!」
 早速届いた熱燗と猪口を、桜木は実に上手く使った。なのに花形ときたら熱心な視線を注ぐばかりで、ようやく猪口を持ったかと思えば、底のほうに何かあるとでも言いたげに覗いている。さすがの桜木も少しいらだってきて、彼の二の腕を手の甲で叩いた。
「ほれ、ついでやっからよ。早くこっちによこせ」
「ああ……」
 普段はそんなことなどしないのに、花形の猪口に並々と注いでやる。彼はいくらかためらっていたが、やがて静かな唇をつけると、清廉な水を味わうように嚥下した。一秒、二秒、三秒……。ようやく一息ついて、猪口を置く。
「あのな、透」
 桜木はわざと言い聞かせる口調で、彼の肩を叩いた。
「いつまでも落ち込むもんじゃないよ。まあ君が繊細な性格をしているっていうのは僕も知っているけどね、これから先は長いんだよ?」
「しかし……」
「しかしじゃねーの! オレたちが結婚して何年経ってると思ってるんだ?」
 そう言うと、花形はうつむき、緩やかに首を振り、両の手の平で顔をおおってしまった。
「あのねえ、一回ぐらい結婚記念日忘れたぐらいで、僕が怒ると思うのかね? まさかキレるとでも? ガラスみたいな君に対して?」
 この場合、ガラスというのは体のことではない。もちろん心のことだ。とは言え、桜木にとっては花形のしなやかな体も細工作りと評して過言ではないのだが、こちらについては置いておこう。何せ花形の落ち込みようは尋常なものではなかった。つい数日前までは夕食の時間も惜しいほどに多忙であったし、夜も満足に眠れないことも、まったく珍しくなかった。
 そんなある日、花形は足を滑らせて、肘で窓ガラスを割ってしまったのだ。居間に響き渡る音に何事かと思った桜木が飛び出してくると、花形はその場に座り込んで、自分の体に何の異常も無いことを確認すると、長い溜め息をついた。だからやめておいたのだ。その日が結婚記念日だと語ることは。
 しかし何日か経って待ち望んでいた余裕ができると、ソファーで隣に座っていた花形は夜だというのに、短い叫びを唐突に上げて、再び座った。いや、崩れ落ちた。結婚記念日を思い出したのだろうと悟ったのは、彼の表情があまりにも真剣だったからだ。桜木は特に記念日にこだわるたちではないが、花形はそうではない。毎回どこかへ連れていってくれたり、簡単な贈り物をしてくれたり、楽しそうに笑っている。そんな花形を見るのはもちろん好きだ。結婚してそろそろ十年。意外にも気が弱いところがあるのも知っている。会社の中で頭脳労働に没頭しているのも知っている。昔車にはねられたという傷が胸に残っているのも知っているし、眠る際には横向きになることも知っている。
 知っているのだから、いいではないか。たった一日が、別の日に置き換わったぐらいで。
「ほい」
 桜木は青いラッピングがかけられた、細長い箱を出した。花の形をした白いリボンが、たった一人の腕をつついている。
「……ありがとう」
 花形はゆるゆると受け取ると、今の今までポケットの中に入れていた、小さな箱を差し出した。それにも赤いラッピングが施されているが、あの指輪がおさめられている形にそっくりだった。口の端を上げて、しっかりと受け取る。
「ありがとう」
「……おめでとう」
「ん、おめでとう」
 同時に笑い合う。花形の背中をばんばんと叩いて、猪口の中身をひと口にあおった。
 二人の時間を作ってくれた主人は奥に引っ込んでいたが、やがて戻ってきて、料理の希望を聞いてきた。
「フライドポテトを」
「フライドポテトで」
「はい、フライドポテト二つね」
「あーい」
 猪口の中に少しだけ冷めた日本酒を注いで、今晩は潰れるほど飲むだろうかと思った。そうすればまたあの窓を割ってしまうかもしれない。あれ以来花形はガラスや陶器を割るまいとかなりの注意を払っているから、酒は控えめにするだろう。けれど、この高揚をいつまでも抱き止めておきたい桜木は――。
 窓や食器を割るのは確かに不本意だ。しかし酔っているのはしょうがないことだ。無論、この天才がミスを犯すはずもないのだが。
 もう一度熱燗を頼んで、フライドポテトを食べて、愛しい配偶者と共に、様々な料理の名前を挙げた。今夜は――遅くまで帰りたくない。

同じジャンルの似た条件の即興二次小説


ユーザーアイコン
作者:匿名さん ジャンル:スラムダンク お題:不本意な窓 制限時間:1時間 読者:523 人 文字数:1751字 お気に入り:0人
緑がきれいだった、理由はただそれだけ。何気なく横を向いたその直線上にちいさな窓があった。網戸もなく、すりガラス板1枚でできたその小窓は、換気の為か下向き斜め方向 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:サムゲタン将軍@T/B ジャンル:スラムダンク お題:これはペンですか?違うわ、それは酒 制限時間:1時間 読者:582 人 文字数:1381字 お気に入り:0人
Is this a pen? No! It's an alcohol透きとおるような青い空とからりとした空気、秋も深くなり少々肌寒くはあるが、健康優良児たちは本 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:東堂みく ジャンル:スラムダンク お題:素晴らしい反逆 制限時間:1時間 読者:1408 人 文字数:1427字 お気に入り:0人
暫くワシャワシャとタオルで髪を拭かれる。水戸は世話好きだと思う。オレの世話も焼きたがるし、桜木の世話もよく焼いている。陰で桜木の保護者と呼ばれているのを、コイツ 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:東堂みく ジャンル:スラムダンク お題:1000の妄想 制限時間:1時間 読者:1046 人 文字数:2295字 お気に入り:0人
「じゃあ、泊まってく?」その水戸の誘い文句は、どんな言葉よりも魅力的だった。映画とかドラマとかで俳優が言う甘い台詞よりも甘くて、トキメイて、胸がいっぱいいっぱい 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:SCC欠席@たむ ジャンル:スラムダンク お題:緩やかな広告 制限時間:1時間 読者:2245 人 文字数:1683字 お気に入り:0人
「またなのか!?」越野は肩を怒らせながら怒鳴った。その怒鳴り声は大きく体育館中に響き渡り、その周辺の草木まで縮み上がるかのようにざわめいた。周りにいる部員たちに 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:おび ジャンル:スラムダンク お題:フニャフニャのアパート 制限時間:15分 読者:43 人 文字数:440字 お気に入り:0人
三日間泊まることになったアパートには先客がいた。 俺は見知った顔が一つの部屋から出てきたので声をかけた。「牧さん」「なんだ、仙道。お前もここに泊まりかフニャ? 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:東堂みく ジャンル:スラムダンク お題:あいつと墓 制限時間:30分 読者:849 人 文字数:1262字 お気に入り:0人
カーテンの隙間から入り込む日差しが、チリチリと顔を刺す。目を覚ますと、いつもの天井が視界いっぱいに広がった。シングルベッドに、シングル用の布団。あぁ、もうこの天 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:rena@常勝!! ジャンル:スラムダンク お題:裏切りのデマ 制限時間:15分 読者:868 人 文字数:658字 お気に入り:0人
鳴り響く警報の音は、いまや鳥の囀りと然して変わらぬ日常の音響になった。しかし、それでも彼は耳にする度一瞬、怯えにも見える表情の変化を見せる。気付かれていること 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:匿名さん ジャンル:スラムダンク お題:どす黒い四肢切断 制限時間:2時間 読者:678 人 文字数:136字 お気に入り:0人
これから惨劇が始まるとも知らずにのんびりと横たわっている。バカな男だ、目の前の餌に惑わされて…ゆっくりと刃物を握る。震えなど起きなかった。刃物をざくりと足にいれ 〈続きを読む〉

ちりめんじゃこいわお@オリジ連載中の即興 二次小説


ユーザーアイコン
作者:ちりめんじゃこいわお@オリジ連載中 ジャンル:スラムダンク お題:不本意な窓 制限時間:1時間 読者:363 人 文字数:2644字 お気に入り:0人
休日を迎えた桜木は珍しく、一人で熱燗などを飲んでいた。太陽が沈みきった午後の九時、気の知れた主人と二人でいる居酒屋は心地好くて、ともすれば酔いの為に眠ってしま 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:ちりめんじゃこいわお@オリジ連載中 ジャンル:スラムダンク お題:狡猾な恨み 制限時間:4時間 読者:575 人 文字数:5252字 お気に入り:0人
先日、黛のアパートが火事になった。幸い死人もケガ人も出なかった。しかし黛の精神的なショックは計り知れない。何せ目の前で黒い骨組みとなっていく我が家の様子を見詰 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:ちりめんじゃこいわお@オリジ連載中 ジャンル:スラムダンク お題:右の想い 制限時間:4時間 読者:650 人 文字数:2142字 お気に入り:0人
黛は人を待たせるような男ではない。青田も待ち合わせの十分前には到着するように心掛けている。ただこの日は冬の悪天候に見舞われ、きっちりと決められたダイヤはいっそ 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:ちりめんじゃこいわお@オリジ連載中 ジャンル:スラムダンク お題:薄汚い不動産 制限時間:4時間 読者:737 人 文字数:3997字 お気に入り:0人
とある夏。桜木花道は困っていた。花形透が以前言っていたことを整理すると、大体こういうことになる。桜木が今いる家は花形が身内から譲り受けた遺産の一つだ。そしても 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:ちりめんじゃこいわお@オリジ連載中 ジャンル:スラムダンク お題:ワイルドな演技 制限時間:4時間 読者:2490 人 文字数:2787字 お気に入り:0人
翔陽の主将、藤真健司には悩みがあった。それは自分の容姿についてだった。顔形は正直悪いとは思っていない。背丈もスタメンには及ばないがそこそこある。体重は自分自身 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:ちりめんじゃこいわお@オリジ連載中 ジャンル:スラムダンク お題:誰かは電話 制限時間:4時間 読者:619 人 文字数:4450字 お気に入り:0人
蜘蛛の巣のように、けれどそれよりも複雑に絡み合った平行世界の海に、桜木は勢いよくダイブした。心地良い衝撃と共にあるはずの無い飛沫を感じる。抵抗を見せる流れは体 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:ちりめんじゃこいわお@オリジ連載中 ジャンル:スラムダンク お題:今年の君 制限時間:4時間 読者:650 人 文字数:5466字 お気に入り:0人
輝いているな――そう思った。初めて出会った時の印象はまた違うものだったが、共にすごしていく内にそう感じるようになってきた。木暮公延が桜木花道というまったく別種 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:ちりめんじゃこいわお@オリジ連載中 ジャンル:スラムダンク お題:8月の悪人 制限時間:4時間 読者:656 人 文字数:5824字 お気に入り:1人
夏――インターハイの季節。桜木が三年生になった今年、二度目の切符を手にすることになった。全国へ向かうことになったのは湘北と海南の二校だ。海南はやはり王者と言わ 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:ちりめんじゃこいわお@オリジ連載中 ジャンル:スラムダンク お題:うへへ、熱帯魚 制限時間:2時間 読者:566 人 文字数:3409字 お気に入り:1人
桜木は南郷の様子がおかしいことを気にしていた。最近おかしくなったのではなく、だいぶ前からおかしいのだが。 具体的に何がおかしいのかというと、寝言が激しいのだ。 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:ちりめんじゃこいわお@オリジ連載中 ジャンル:スラムダンク お題:明日の旅行 制限時間:2時間 読者:659 人 文字数:2663字 お気に入り:1人
青田はぐったりとしていた。近頃の仕事が長引いてこの時間までろくな休みが取れず、遂には明日が旅行という晩、ようやく休息を得られたのだ。また座布団を半分に折って頭 〈続きを読む〉