ジャンル:HOSPITAL.6人の医師 お題:綺麗な月 制限時間:30分 読者:351 人 文字数:629字 お気に入り:0人

月影



真夜中だというのに、月影に揺れる黒髪のその美しさには、目が醒めるような心地がした。
下半身にまで届く彼女の髪は、普段高い位置で結い上げられているが、今は解かれている。縛めから解放された艶のある黒絹は夜闇に溶け込み、しかしその存在を失うこともなく風に揺らいでいる。
「……月が出る夜は、こうして空を眺めたくなるのです」
「……何故ですか?」
「……月は、いつも変わりません。今も昔もです。私が故郷にいた時から、ずっと。……故郷の空と、私の空を繋げるあの月を、父も見ているかもしれない。……今はもう会えない人も、同じように。そう考えると、安心できましたから」
今夜は満月だ。太陽の光を受けて光っているだけのはずのその球が、何故だか今は、黄金色を帯びているようにも感じられた。
「……こうして貴方と月を見ることができて、幸福に思います」
タチバナ先生が、紫水晶の瞳を俺へと向けた。
「……月が、綺麗ですね」
「え……?」
空に輝く、一つの衛星を愛でるための一言。だというのに、その言葉はそれだけではなく、何か彼女にとっては重要なものであるように聞こえた。
そして、こうも思った。
今、タチバナ先生がそれを口にした理由は、……俺へ何か、伝えようとしているからなのではないのかと。
「……ええ。俺も、そう思います」
彼女の瞳を、姿を、直視することができない。
きっと、これは誤った選択なのだろう。だが、どの言葉をもって返答とするべきなのかが、俺にはわからなかった。

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