ジャンル:進撃の巨人 お題:希望の、と彼女は言った 制限時間:4時間 読者:297 人 文字数:3099字 お気に入り:0人
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夕陽の記憶

もしもカルラがアッカーマン家の人だったら、という捏造設定です。この二人が出会
う事は無いだろうと思いつつも、創作してみました。書いてる内に、お題からは離れ
てしまったかも。すみません。


 
 ケニーが分家の夫婦と顔を合わせたのは、十数年振りだった。


 「切り裂きケニー」として王都をうろつく間に仕入れた情報では、どうやらアッカ
ーマン家の分家がシガンシナ区にいるらしいという話だった。
 王政から見れば、本家も分家も同じという事だろう。中には姓が変わった者達もい
たが、中央憲兵は落ち葉の裏まで探る様にしてアッカーマン一族を探し出した。
 中央憲兵に「冤罪」という言葉は存在しない。無実の罪で投獄され、殺された一族
の者達は数えきれない程だった。進学、仕事、結婚。全てにおいて妨害が入った。こ
の壁の中の世界に於いて、人並みの家族を持てないという事は、子孫を残せない事を
意味していた。
 ケニーは物心がついた頃から、怒りを抱えて生きてきた。
 何故、俺達が?親やその前の祖先達が何をしたのか知らないが、何故子孫であると
いうだけで殺される?当たり前の暮らしを奪われる?祖先の罪は子孫の罪なのか?明
確な理由があるのならまだいい。だが自分も親達も、迫害される理由が分からない。
人は生まれる場所も、家も、親も選べない。背負いたくて背負った宿命ではない。
―――理不尽だ。
 内に抱える怒りを鎮める術(スベ)など知らなかった。自分達を虐げる者達に刃を向け
る事でしか、抗う術はなかった。犯した罪の重さは充分に自覚していた。両親や祖父
に言われるまでもなく、ケニーは自分の行き着く先が地獄であると覚悟していた。


「実は、もう一人子供がいるんですよ」
 ケニーにそう言った分家の女の髪は、随分と乾燥していた。まだ四十前と聞いたが、
髪には白いものが混ざっていた。女の後ろに立つ彼女の夫は、更に老け込んでいた。
 商売をしていると言っていたが、例によって中央憲兵に雇われた連中に邪魔されて
いるのだろう。薄暗い自宅兼店舗は繁盛しているとは言えない状態だった。荒物屋と
いう事だったが、並べられた商品の数が少な過ぎた。
 この夫婦は服を新調しなくなって何年経つのだろう。生地が薄くなり、薄汚れが染
みついた夫婦のエプロンと衣服を見て、ケニーは思った。貧しいが、一家全員殺され
るよりはまだましだろうという思いは胸に仕舞い、別の言葉を口にした。
「男?女?」
「男です。私と喧嘩ばかりでしてね。家を飛び出しまして・・・」
 ケニーの問いに夫が後頭部を掻きながら答えた。妻の方は、店の玄関脇に積まれた
木箱に座る幼い少女を眺めた。
「あの子は妹ですよ。カルラといいます。こんな暮らしをさせてる上に、嫌がらせを
受けてばかりですから、すっかりひねくれてしまって・・・」
 消えてしまいそうな溜息を吐く母親を見ずに、カルラは両足をフラフラさせながら
夕陽で橙色に染められた窓の外を眺めていた。
 栄養状態が悪い所為で、古びたワンピースから覗く手足は酷く細い。夕陽が透ける
毛先は細く、黒髪の合間に薄茶色の毛髪が伸びている。
 ケニーの瞼の裏に、地下街の娼館で働くクシェルの横顔が浮かび、カルラのそれに
被った。
 ケニーが家を出た時のクシェルも、今のカルラと同じ年頃だった。あの日もこんな
色の夕陽が空を染めていた。出て行こうとするケニーのコートの裾を掴んで、何度も
引き留めようとした。
 ケニーは帽子を深く被り直すと、若干顔を俯かせた。
「カルラか・・・。変わった名前だな。あまり聞かない」
「えぇ、実は―――」
「おじさんが、つけてくれたのよ」
 母親の声を遮ってカルラが言った。よく通る声だった。ケニーの方に向けた顔は、
クシェルとは似ていなかった。
「でっけぇ目だ。飴玉みたいな色だな。おじさんて、誰だ?」
「父さんの友達。東洋人のおじさん。バラの花の名前と同じだって」
「へぇ、カルラって名前の薔薇があるのか。知らなかったぜ」
「鳥の名前とも同じよ。悪いものを全部食べてくれる神様の鳥と同じだって―――」
「カルラ、鳥の話はしない約束でしょう?」
 今度は母親がカルラの言葉を遮って窘(タシナ)めた。カルラは薄い頬を膨らませて、再
び窓の外を眺めた。
 ケニーの口許が緩んだ。顔は似ていないが、気の強さはクシェルとそっくりだ。
 自分に近づいて来る靴音に、カルラが顔を上げた。
「カルラ、歳はいくつだ?」
「10歳よ」
 別れた時のクシェルと同じ年だった。
「俺にも妹がいるんだよ」
 カルラが大きな瞳でケニーを見上げた。
―――兄ちゃん、行かないで。行かないでよ。
 ケニーの耳許で、別れた日のクシェルの哀願の言葉が蘇った。
「家出した兄ちゃんに、会いたいか?」
 カルラは頬を膨らませて俯いた。
「兄ちゃんなんか、いなくたって平気よ。あたしが働きに出て、いっぱい稼いで、父
さんと母さんに楽させてやるんだ。兄ちゃんになんか頼らないよ」
「本当に・・・会いたくないのか?」
 暫くカルラは黙っていたが、やがてポツリと呟いた。
「やっぱり・・・会いたい」
「何処かで会えたら伝言くらいは伝えてやるよ。何かあるか?」
「い・・・いつか、あたしが稼いだら、母さんにアップルパイ作ってもらうんだから!
兄ゃんが帰ってこなかったら、パイはあたしが全部食べちゃうからね!」
 ケニーがぶはっとふき出して笑い声を上げた。こりゃいい、アップルパイときた
もんだ。
 カルラは飴色の瞳を見開いて、驚いた顔でケニーを見上げている。
「確かに、悪いもんを食い尽くすよりはアップルパイの方がいいな。パイの為にも
しっかり稼ぎな。但し、約束してくれ」
「何を?」
「娼婦にだけはなるな。どんなに稼ぎが良くてもだ。それ意外なら何でも良い。兵士
でもウェイトレスでも針子でも、何だって良いさ」
 この子まで、クシェルの様になって欲しくない。悪事を重ねた自分でも、このくら
いの良心があるのも悪くないだろう。
「お前は顔立ちが整ってるから、美人になりそうだ。ウェイトレスなんか良いんじゃ
ねぇか?大人になったらきっとモテるぞ」
「モテたって、アッカーマンの人間と結婚してくれる人なんていないよ」
「それは、俺がこれから何とかしてやるから、もうちょっと待ってろ。もう少しの
辛抱だ」
「本当?約束だよ」
「あぁ約束してやる。だからお前も、さっきの俺との約束を忘れるなよ」
「うん、娼婦にはならない」
「そうだ。お前のことを、命に代えても大事にしてくれるような男を見つけろ。自分
に酷いことをさせたり、裏切ったりするような男とは付き合うなよ。お前は、アッカ
ーマン家の、あの両親の希望の子だろ?」
「希望の・・・子?あたしが?」
 ぽかんとしたカルラの頭を、ケニーはポンポンと二、三度軽く撫でる様にたたいた。
薄暗い店内に立つ夫婦を振り返り、「祖父さんには、三人とも無事だって伝えとくよ」
と言った。
 頭を下げる夫婦に背を向けて、店のドアを開けて出ていくケニーのコートが、軽く
引っ張られた。ケニーが足元を見ると、カルラがコートの裾を摘まんでいた。
「お兄さん、また来てね」
「あぁ、またな」
 ケニーは再び帽子を目深に被った。早く背中を向けないと、また昔の事を思い出し
そうだった。


                                    終
拙作にお付き合い頂き有難うございました。'16,9,21

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