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ここからどこにもいけない

けたたましく鳴らされるインターホンに怒鳴りつけながら戸を開けた先、そこに立っていた人物に新八は息を呑んで言葉をなくした。
「あ……あいつ、は」
いつもV字だクソ真面目だとからかわれる髪や服は何をどうしたらそうなるんだというくらい、乱れに乱れていて、苦しそうに肩で息をする姿は勤務中だって稀にも見ないレアものだった。
「…奥です。そこの…」
言い終わるより早く、邪魔するぞ、と靴を脱ぎ捨てて上がっていく背中を何も言えず見送る。
(あんなに慌てていてもインターホンはちゃんと鳴らすんだな…)
真っ青で汗もかいていない顔を記憶の中になぞりながら、新八は開けっ放しの戸を閉めて脱ぎ捨てられた靴を丁寧に揃えた。

もう何度も足を運んでいたし、走れば数歩ですむような距離の廊下が遠い。走っても走っても寝室は遥か彼方に遠ざかっていき、数メートルしかないはずの廊下はぐにゃぐにゃと揺れ曲がりねじれて足を竦ませる。
それでも、冷えきった指先を握りしめて振り回して、踏みしめた足で床を蹴った。
(なんでこんなに疲れてんだ、俺は)
やっとたどり着いた部屋の前に立ち尽くして、飲み込んだ生唾がかたまりとなって胸につっかえる。さあっと冷えていく心臓に、引き戸の取っ手に伸ばした指先がそれに触れる前に動きを止めてしまう。目を見開いて戸を見据え、腹の奥底に力を込める。唇を噛みしめる。
何も残っていなかったら、という恐怖を振り切って戸を引き開ける。
「ーーー土方?」
素っ頓狂な響きで耳へ届いた声に、瞬間俯けてしまっていた顔を上げる。起き上がって包帯を巻き直していた銀時は、声を出したことで転げてしまった包帯を、器用に引っ張って巻き戻す。土方は茫然と出入り口に立ち尽くしたまま、まばたきもせずにそれを見つめた。
手のひらに乗せた包帯を、また口でくわえ直すと、これまた器用に片手だけ使って巻き直して、息を吐いて上へ向けた視線がぱちりと絡む。その瞳がふ、とゆるんで優しく弧を描く。
「何突っ立ってんの、お前」
小馬鹿にしたようにゆるんだ口元に、まるで条件反射のように倒れこみそうになるほど勢いよく両足が動き出す。届け、早く、早くその頬に、瞳に届け、と伸ばした指先が、やわらかい髪の毛の端に触れる。
「ーーーーー生きてた」
頬に触れるぬくもりに、手のひらが包むあたたかさにため息のような声がもれる。抱きしめた腕に力を込めて、土方は全身でその存在を感じた。
「…生きてた、ちくしょう、ピンピンしてんじゃねーか、ばかやろう」
耳元に頬を寄せて、襟足にかすめる鼻先で息を吸う。ばかだな、と仕方なさそうに笑いながら、銀時は固く自分を抱きしめる彼の後ろ頭に手を添えた。
「この万事屋銀ちゃんがちょっとやそっとで死ぬわけねーだろ」
ぽんぽんと頭を撫でながら穏やかな声で呟く。それがなんの保障もない無意味な言葉であることも、簡単に交わし必ず守られるような幼子の約束ではないこともお互い分かっていて、そしてどんなに穏やかに笑っていても血と傷と痛みの絶えない人生を送っている以上、己だけでなく自分の大切にしようと思う者にだって、押し潰されそうな悲しみを負わせる危険が常に隣に寄り添っていることも分かっている。
瞬間を共に生きることはできても、同じ場所で死ぬことはきっとできない。
「……銀時」
「やだよ」
「頼む」
「嫌だっての」
「銀時」
顔を埋めたまま祈るように名前を呼ばれて、銀時の体からふ、と力が抜ける。
それに答えるように顔を上げて、あちこちに血のにじむ頬を手のひらに含む。
傷だらけの瞳で覗き込んで、土方は、生きてた、とその目をゆっくりと細めた。
その瞳が見えなくなるほど近づいて、やさしい光を残して消える。
全然そんな気なんてなかったのに、悲しいとも、さみしいとも思わなかったのに、一瞬かすめるように触れ合った唇が、あまりに甘くて、せつなくてまぶたの奥が熱くなる。
濡れるまつ毛を隠すように目を伏せて、銀時は、しつけェよ、バカ、と小さな声で呟いた。

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